こだわりと愛着

 久しぶりに仁君と一緒に帰らない日になった。仮面お付き合いであるため帰りは手をつないで寄り添っている体裁を作るためにしている。正直、これだけで相田さんの関心を寄せられるか言い出しっぺである私に自信はなかったが、お弁当の一件で再び接近を始めてきたのはおそらくこれまでの日々の努力が実ったのだろう。

 本当に良かったと思う。


 とぼとぼ学校から家までを導くアスファルトを一人で帰るのは少し寂しく感じる。ここ数日つないでくれた左手に仁君の手がないからだろう。もうすぐ夏が近づいているのに、手が寒い。自分の手を交差させてもふにっと慣れた感触がくるだけで、男子特有のごつごつと固い手の感触が訪れない。

 手のひらを合わせたり指を絡めたりして手遊びしながらしばらく歩くと、頭もお尻も丸見えのクリちゃんが電柱に隠れていた。これ文章あっているよね。


「何やってんのクリちゃん?」

「おやおや。今日は幼馴染君はいないのかねアリー」

「部活動。ってクリちゃんも同じ部なのにサボってていいの?」

「ご心配無用。私はこれでも優秀なのでもう脚本を空を見上げて暗唱できるのである。私の優秀さに恐れおののくが良い」

「はいはい。怖い怖い」

「反応うすーい」


 塩対応で答えるが、これぐらいでもクリちゃんには大喜びなのだ。現金なのは完全スルー。それをされると彼女は泣く。


「なんで渡会君だけ部活なの?」

「うむ。脇役ぐらいはきちんとこなさないと役目完璧主義を発病しましてな、部長と男二人暑苦しい熱血猛特訓を付きっ切りでしているのだよ。もうすぐ六月だから暑苦しいのは勘弁ですが、最近渡会がスランプ気味なのは私の眼からしてもそうだなと思うのですよ」

「まだ失恋のショックが大きいのか」

「だと思うよ。最初は主要人物級の役をやる予定を部長の一声で脇役に下げたのだから相当危ないと見られていたのですね。鬼の慈悲といいますか」

「部長さんを鬼呼ばわりするのはダメだよ。あの人いい人なんだから」

「えー、鬼だよ。もっと集中しろ、部活に遅れるなと私にばかり集中砲火するのですよ。被弾されてマイハートがハチの巣状態よ~」


 それはクリちゃんの態度が不真面目だからだと思います。


「でだ。久しぶりに乙女二人なのだし、乙女の社交場ミスドに参じようではないですか」

「一個おごってね。玉子焼きの一件忘れてないよね」

「えーそれは秘書がやったことなので」

「請求はクリちゃんに当ててますよ」


 ぶーっと膨れるがこれも彼女なりのだ。

 普通の反応を普通に返すのではつまらない、だから自分から大げさにおどけてみせて楽しませる。楽しく明るく、それでいてしたたかに情報統制する。きれいで清楚な相田さんとは異なるの在り方だ。

 それに比べて私はどうなんだろう。幼馴染。それだけなのかもしれない。

 少女漫画・ラブコメ・恋愛ドラマ。どの媒体でも存在する重要なポジション。けど言い換えれば幼馴染とはたまたま主人公との付き合いが長いだけ、運よく一緒にいることが多いだけ。色んな方面から彼氏に愛されることを考えるヒロイン・ヒーローたちと違い、共有する時間がたまたま長い幼馴染は大きな壁であり、当て馬になる。

 たぶん努力している人間に恋愛成就勝利してほしいからだろう。長いこといるだけの存在に負けたくないから。


 私はそれに甘えていた。自分の定義するカッコイイにたまたま当てはまって受け入れてくれた幼馴染に。


 通学路の少し外れにある商店街近くのミスドに入ると甘ったるく香ばしい砂糖の香りが出迎える。甘ったるさの源泉であるショーケースに顔を近づけて、真っ黒なチョコファッションと真っ白なホイップドーナッツをにらめっこする。

 どちらも甘いが違う魅力がある。チョコファッションはしっとりと中にビターな味わいが、ホイップドーナッツは優しい食感に包まれながら畳みかけるように優しいホイップが流れてくる。けどどちらかしか選べない、胃袋に甘味が入れる席は一つしかないのだ。だからどちらかは当て馬になるしかない。ドーナツには次があるけど一度霧しかないことにはどうすべきかなと変な思考が浮かんでしまう。


 悩んだ末にチョコファッションにして、窓側の席に座りドーナツをかじる。ミスド特有の色付きストローでミルクをすする。もうコーヒーはミルクと砂糖多めで飲めるようにはなったけど、どうしてかミスドではミルクを飲みたい。特別おいしいわけではないけどなぜかミルクを飲みたい。


「それで、アリーよ。最近何か面白い現代ドラマとか知っておりますかね」

「現代劇? 異世界とかファンタジーものじゃないの」

「実は次の舞台の内容が現代劇をしたいと部内の総意で決められまして。脚本選びを自任している私にとっては、今まで私の得意分野であるファンタジーではないのは梯子を外された思いなのよ」

「それで私に何かおすすめとなる作品を選んで、あわよくばそれを自分の手柄として提出する腹積もり?」

「ピンポーン。正解、ご褒美にフレンチクルーラーを少し進呈しよう」


 突き出された凹凸があるクリームが挟まれた白のドーナツの前に、胃袋は急遽席を用意し差し出されたそれを一口食べた。ほんのりサクッとして甘い。

 「一個しか頼まなかったのに、欲望に弱いねえ」とからかうクリちゃん。男子からの評判は見た目は小さくてかわいいのにウザイのがマイナスらしいが、ウザさに隠された優しさに気付く人はいるのだろうか。まあ気づいて告白しても適当に薙ぎ払うのがクリちゃんだろうけど。


「でも最近見ているドラマって社会人向けの作品が多いからね。社会人向けだとあんまり興味向かないんじゃないかな」

「そうなんですよ。最初はSFも一案だったのだけど、SFは舞台設定とか用意とかでがんばったわりにウケにくいという一面があるから除外されたんですよ。やはり学生は学生の話が共感しやすいと思うのです。あ、ファンタジーはまったく別腹ですよ」

「こだわっているのに、報われないのはちょっとね」

「イエス。部長も渡会も凝り性だから余計にね」


 ふがふがと私が少しかじった残りのフレンチクルーラーを咥えながら手を後ろにやって悩みだす。

 誰だってこだわっているものがある。仁君も演劇にこだわりを持っていた。それは幼いころから近所の老人会の演劇で人の前に立って演技する喜びを役をこなす楽しさを知ってしまったから。仁君はどんな役でも進んでこなした。

 主役から動物、果ては木の役まで。木の役は『金の斧』が登場人物が少なすぎるという人数の関係でそうなってしまっただけで進んでやったわけではないのだけど、私が見た時最初驚いた。それでも仁君は立派に木こりに切られる木の役をやってのけた。今日の特訓もそのこだわりのために心血を注いでいるんだ。


 そんな演劇一筋の彼が初恋に矛先を向けた。それを聞いた最初自分から人波に恋をすることもあるんだ別のことに興味を持つんだと感心していた。そしてこれで彼は幸せになれるのだと祝福するはずだった。でも相田さんが仁君に好意を持ってくれたら、きっと仁君も私もこんなに悩む必要はなかっただろうに。

 …………と何を横道にそれているんだ私。邪な考えを追い払って、脚本の題材について頭をもとに戻す。


「学生がでてくる現代劇と言われても、あとは私少女漫画しかないよ。少女漫画って恋愛メインだし、登場人物が少ないことが多いからなかなかねー」

「頼みます親友よ。 最終手段として自作でもいいので」


 にぃっとわざとらしいく白い歯を見せて何かを覗き見るようにクリちゃんが見つめた。


「それは絶対いや。とりあえず本屋に行って参考になるもの探してみようよ。私も帰ったら参考になるものがないか探してみるよ」

「おおっ! 助けてくれるの! ありがたやありがたや。ではチョコレートドーナツの上のチョコスプレーを献上いたしますので良しなに」

「さっきより超グレードダウンしているよ。あといらない」


 ちぇー、っとアヒル口をして二つ目のドーナツをぺろりと平らげてしまった。


***


 ミスドが入っている商業ビルのすぐ上が本屋であるためエスカレーターで上がっていった。漫画専門の本屋も少し歩いたらあるのだけど、最近の本屋はよくファンタジー系のものが平積みに置いてあることが多くたぶん現代劇ものを探すのに苦労する可能性があるから、こっちにした。


 二階上がり、題材になりそうな本を探すがこちらはこちらで大判サイズの小説やら小難しいビジネス書がずらっと並んでいる。やはり丸ごと本屋となっている総合書店となると客層も変わってくるんだよな。しかし目当ては現代劇、それも漫画がいい。小説だと読み込むのに時間がかかるし私も(ちょっと情けないけど)字より絵がある方が頭が入りやすい。


 漫画ある書店の奥の方へと歩いて行くと、クリちゃんが制服のすそをくいっとつかんだ。


「おや? ねえねえあれは相田ではありませぬかアリーよ」


 クリちゃんが指さした方を見ると、サスペンダー服に深めのハンチング帽と見慣れてない私服姿でわからなかったが、あのほっそりとした切れ長の眼と整った顔立ちは見おぼえがある。まだ放課後になってから時間も経っていないのに、わざわざあの特徴的な長い髪の毛を帽子の中に隠してしかも私服に着替えてここにいるなんて。それに少し辺りを見回しすぎて挙動不審だ。近くのアニメ専門書店ならまだしもここは総合書店、普通にうちの制服を着ても怒られることはないはず。


「怪しい、ちょっと声かけようかね」

「えーそれまずくない?」

「私は謎とボタンは触れたいのは人間の性分なのだよ。そもそも怪しくない場所で怪しい格好をしている人が一番怪しいよ」


 前半はともかく、後半は私もそうだとうなずいてしまう。ゆっくり相田さんに近づいてみると、しきりに手元に持っている本を一瞥しては周りを確認する動作を繰り返している。万引きかと一瞬よぎったけど、本棚には近寄る気配がない。


「おっす相田奇遇だな。本探し?」


 ビクンとあの冷静な相田さんとは思えないほど肝を冷やしたかのようにおよびごしになっていた。


「え…………あの。人違いです」


 声色を少し変えているがどう見ても相田さんなのに違うと否定して、慌ててレジへ向かい、逃げるように去っていった。


「なんか変な本でも買ったのかな」

「まさか……健全な男子高校生が必ず一つは持つというあの聖典では!?」

「聖典? 聖典って何?」

「えっ、あー聖典とは別名性典ともいわれて…………可憐な乙女に公共の場で言わせる気かね。なんという羞恥プレイをさせるのかね君は。まあこれは冗談、そんな破廉恥なもの健全の看板を掲げているこの書店で売っているはずもないからありえないしね」


 クリちゃんの言っていることはよくわからないが、さっき相田さんは何を買っていったのだろうと彼女がいたコーナーを見上げてみる。


「職業研究コーナー?」

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