総合練習

『桐谷君にもう一度夢を持たせてほしい。あのままじゃ彼はダメなままになる』

『だけど、俺たちにできることなんてあるのかな』

『あると思う。だって私たち友達じゃない』


 演劇の練習は中盤に差し掛かり、みんな仕上がりが良くなってきた。主人公を務める安宅は自分の想いを故郷の親友に伝える場面でも大げさすぎず自然な形で安定した演技をみせてくれる。


「よしここまで。いい感じだぞ安宅」

「いやぁ。部長に褒められるとは、これは次期部長の座を禅譲する機会もあるということでは、ぬふふ。安宅演劇部部長、いい響き」

「それはないから安心して舞台に打ち込め」

「ちぇー」


 舞台モードからいつものおふざけモードに戻り舞台袖に安宅は引き下がる。セットを次の場面に入れ替えている間、次は俺が出る場面となるのでもう一度確認のためにだいぶ書き込みが増えた脚本を開く。最初の通しを終えた後から三田は自分が書いた作品の細かい心情描写の補足を役者のみんなに伝えるため、赤ペンで補足を付け加えに付け加え、あちこち赤ペンだらけになってしまった。

 だがこの赤ペンのおかげで俺が演ずる桐谷のことが理解できるようになった。


 桐谷という男は主人公と同じ中学校に通い、地元の中学では名の知れた陸上選手だった。高校ではその腕を見込まれて東京にある有名スポーツ高校に推薦入学できたのはよかったが、高校在学中にけがという形で陸上を引退。大学には行かず東京の工事現場の交通整理員として糊口をしのぐ生活をしていた。

 だがけがが原因で引退というのは嘘だった。全国から集まってきた多くの実力のある同級生や後輩に、地元ではナンバーワンの桐谷の力が日に日に及ばなくなってしまい、けがを理由にすることで退部した経緯を持つ。


 脚本の台詞をそのまま話すだけだと、ただ反発が強く現実から逃げてしまった人物のようになってしまう。小説という媒体なら桐谷の精神描写がされているから理解できるが、演劇ではその部分は言語化されない。だから三田が挿れてくれた補足が役立つ。


 だが問題はラストのシーン。俺が出てくる最後の場面で自分が見つけた新しい目標に向かって走っていく踏ん切りがつかず主人公の火野美沙が追いかけて説得する場面。どうして桐谷は新しく夢を持つの事が怖いのだろうか。もう一度失敗することが怖いのだろうか。補足では失敗に怖いんじゃないと書かれている。

 今までファンタジーものをやってきたときは、原作に詳しいやつ安宅の解説のおかげでなんとなく人物の気持ちを考えることができた。だがオリジナルの現代劇となると心情が身近にあり過ぎて想像では補えない。


 わからないところは作者本人に聞くしかない。三田を探そうと舞台に上がると、あいつは他の演劇部員たちと混ざって設営を手伝っていた。他の部員たちと違い不慣れなのかやや危うげだ。


「三田、お前演劇部員じゃないんだから舞台の設営を手伝わなくてもいいのに」

「おっとと。渡会君か。いやぁ、自分の作品を公開するだけしてみているだけだとなんか申し訳なくてさ。鬼島部長に頼んで小道具係のお手伝いするようにしているの」

「それはいいけど、三田はちょっと非力だから。後ろから見てても危なかったぞ。ほら持ってやるから」

「えーいいよ。自分で持てるから。それに最近体動かしていないから、ダイエットがてらにいいし」


 そう粋がる三田であるが、気張りすぎて教室で使う椅子と机を一緒に持って行こうとしてふらついている。なんかどこかで空回りしやしないか心配だな。


「それに、ちょっと他のことを考えたくないし」

「何か言った?」

「ううん。なんでも」


 一瞬暗い顔が見えたが、被りを振るとさっきの三田に戻っていた。


「そうだここの場面でちょっと聞きたいことがあるんだけど」

「ん? どの場面」


 机を下して、舞台裏に降りてその場面がある箇所をぱらりとめくり、該当箇所を指さした。


「ここの桐谷と火野とが話し合って躊躇する場面だけど」

「えっとそこの部分だね。その場面なんだけど、桐谷は――」


 質問してくれた箇所を持っていたペンで補足しながら、解説してくれた。丁寧に自分の作品を解説する三田の横顔はどこか相田に似ていた。この作品を執筆しているときもこんな表情をしているのだろうか。何かを一生懸命やる人間の姿は美しいとはよく言われる言葉だ。いや事実だろう、目の前の三田は本当に楽しそうにしている。

 じゃあ、その一生懸命になっている人間を応援する人間はどんな顔をすればいいのだろうか。


「で、ここのラストシーンの心情についてだけど、中盤で桐谷が部活動を辞めた理由につながるの。元々桐谷はスポーツ推薦で高校に進学したんだけど、それは自分のためだけでなく、応援してくれる地元の人たちのためにプロに入りたかったの。けど現実に直面して夢が叶えられないことへの恐怖が勝ってしまった。だからここでも桐谷は同じ心情になるの、期待という重圧に押しつぶされることにまだ恐れているんだよ」

「恐れているというと、また他の強敵に出会うかもしれないからか?」

「そういうのじゃなくて。これある漫画のことを参考に入れたんだけど、応援してくれるのはまじないでありのろいなんだって」


 まじない? のろい?


「野球観戦を例えるなら、大事な場面でファンが大応援するでしょ。応援される側はそれで力が入って活躍できるのだけど、その一方でもしここで打てなかったらせっかく応援したのにと怒って、逆にブーイングが来るでしょ。それがまじないでありのろいだって」

「でも火野はそんなこと思ってないだろ。あくまで新しい一歩を踏み出すために夢を与えただけで」

「主人公はね。でも桐谷はそうだとまだ気づいていないんだよ」


 三田が引用したというまじないとのろい。同じ願いでも相手にとっては別の形になってしまう。とても悲しいことではある、けどそれは応援した人間に取っても悲しいことじゃないか。だって、自分が伝えたい気持ちがちゃんと伝わってないなんて。


「それからさ、これ主人公の火野は昔好きだった桐谷と結ばれずに終わるんだろ。二人は結ばれてハッピーエンドじゃないってのが」

「……それはシナリオの変更ってことかな」

「いや、どうしてこの結果になったのかなって思って。三田の家にある漫画の大半がハッピーエンドに終わるものばかりだったし」

「これはだけど」


 質問をした時自分でも思うところがあったのか少し戸惑いがあったが、懇々と結末のところを解説する。

 どうして俺はもう決まってしまったことに意見してしまったのだろう。もう何度もこの作品を読んでいるはずなのに、今になって心のどこかでこの結末に自分が納得いかないと思ってしまっている。どこかで見たことがあるようで、納得がいかないと思い込んでいると。


 ……心当たりがあった。

 相田だ。この間声優学校で相田のことを応援しても、自分の助けたい思いが届かないことと重なり合ったからだ。俺はあの時、相田は疲れているだろうと思って外に連れて行こうと提案した。けど彼女はそれよりも練習を優先したい。それをちゃんとくみ取れていなかった。

 三田の時は何もそんな苦労もかけることもなく、なんとなくわかっていた。けど間の時はできなかったことがずっと頭にこびりついていた。


 ちょうど三田が質問した場面のところの説明をし終わったタイミングで、部長が舞台裏に降りて俺を呼び出す。


「渡会、次の場面入るからこっちに戻ってきてくれ」

「うっす。すぐ戻ります。三田教えてくれてありがとうな」


 新たに補足が加えられた脚本を丸めて、ほこり臭い階段を駆け上がる。


「渡会君。がんばってね」


 駆け上がる後ろで、三田が手を振って応援してくれた。

 この応援は純粋なるもの。それがのろいになることなんてない。それは相手が三田であるから。

 

 じゃあ俺と相田はどうなんだ。彼氏彼女となれたのに、届くことは叶うのだろうか。

 俺は彼女相田にとってまじないとなれるのだろうか。それとものろいか。

 あるいは…………そもそも力となれるのだろうか。


「はい、じゃあラストの場面行ってみよう。よーいスタート!」

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