告白に撃沈したら、幼馴染の元カノが「見せつけてやろうか」とすり寄ってきたんだが

チクチクネズミ

振られちまった悲しみは

 愛の告白にふさわしい言葉ってなんだろう。

 俺、渡会仁わたらいじんは告白の言葉を探していた。

 好きだ。愛している。これじゃ軽い。

 一目会ったその日から俺の心はあなたのものになった。重すぎる。


 言葉とは一言一句大切な意味が込められている。だから少しでもおかしな言葉は彼女にとって失礼だ。


 そして夕焼けが差す放課後の教室という告白の舞台としては完璧な演出エモさで、長い時間をかけて練りに練り上げた愛の告白の言葉を舞台の下で見つめていた女神にありったけの言葉をぶつけた。そして夜空のような黒く長い艶やかな髪を翻して彼女はこう言った。


「え、なに勘違いしているの?」


 七十八時間二十六分四十一秒もかけて考えた愛の告白は、たった五秒で終わった。


***


「おお、ジュリエット! どうして君はジュリエットなんだ!」


 体育館の舞台裏にある打ちっぱなしのコンクリートの壁に叫び、もとい嘆きが反響する。まだ演劇部の部員たちがいないのが幸いだった。十六年の人生で何時間もかけて練習した初めての告白をものの数秒で振られた悲しみを台詞でごまかすなんて女々しいこと、誰かに見られたら恥ずかしさで二重で死ぬ。


「モンターギューでなくてもあなたはあなた。モンターギューって何。手でも足でもない、腕でも顔でもない、人の体のどの部分でもない」

「次の演劇はロミオとジュリエットだったけ? あとそこはロミオじゃないの」


 不意に後ろから指摘された声に少し飛び上がった。ヤバイ! 死んだ! と振り返ると声の主が幼馴染の三田有果みたありかであり、俺は安堵の息をついた。


「三田だったか。驚かすなよ」

「いやぁ、誰もいないはずの舞台裏に声がしたら」

「男はな時々一人になりたいことがあるものだよ」

「あーうん。そうだね……があったものね」


 言葉を濁し、くるくると指で垂らした短いサイドテールをいじくる三田。慮ってくれたくれたのか深く言及しなかったようだが、その優しさがじくじくと虫歯で水がしみるような痛さにも感じる。いっそ一思いに殺してほしかった。と三田のポッケから淡い青のフィルムで包まれたペットボトルが放物線を描いて俺の胸元に投げらつけられた。


「はい、冷凍夏みかんジュース。そんなに声出したらガラガラでしょ」

「サンキュー三田。あー青春の甘酸っぱさが五臓六腑に染み渡る」

「相変わらず表現が大げさね」


 演技が大げさなのは職業柄だ。演劇は背景に演出もほかの媒体と比べて弱いのだから人の演技が大事となる。終止受け身である観客には大仰な演技をした方が理解しやすいのだ。

 冷凍夏みかんジュースを半分まで飲むと、表の体育館からガヤガヤと人の声がし始めた。


「もうすぐみんな来る頃だから舞台に上がっておいた方がいいよ」


 ぴょんとウサギが跳びはねるように舞台裏から三田の姿があっという間に消えてしまった。


 もしかして部員たちが来るのを察して俺に警告を出してくれたのか。さすが幼馴染、気を利かせてくれる。いや三田だからこその気遣いなのだろう。演劇というのは集団行動であるため部員一人不穏な空気があれば全体の演技に支障をきたすから教えてくれたのだ。時々部活動している俺を応援しに来ているから、そういうことも自然にわかっていたのだろう。

 まったく天は二物を与えてくれる。三田という少女は美がつくほどの容姿を持っている。目が大きく小顔で小動物的な印象であるが、女性らしい部分はよく成熟しているので男子受けもよい。しかしどうしてあいつには彼氏がいないのか不思議なことだ。


 体育館に戻ると舞台の前で部員たちが集まっており、演劇部部長の鬼島さんの指示で腕を伸ばして準備運動を始めようとしていた。

 いそいそと他の部員たちの中に混じって準備運動をしようとすると鬼島部長が耳打ちをし。


「渡会今日練習できるのか」


 さっき飲んだジュースが胃の中から吹き出しそうになった。


「もしかして、もう知っているすか」

「一部の男子にはもう広まってな。特定は簡単だった。なにせ誰もいない教室で気合のこもった愛の告白をなんてする大仰な輩は俺の知るところでは一人だけだ」


 さすが部をまとめる部長だけあって、人のうわさと特定が素早い。


「大丈夫っす。ちょっと叫んだら楽になったので」

「でも無理すんなよ。失恋の傷は結構あとから響くものだぞ。でも最初の恋なんてそうそうそううまくいかないものだぜ。恋愛は失敗の上に成り立っているんだから」

「恋愛上級者っぽい言葉ですね部長」

「これでも何人か付き合ったことがあるからな。上級者かどうかはわからんが、経験者であるのは間違いない。だから経験者としてアドバイス、告白した後の距離感を大事にするんだ」


 告白した後のことか。彼女はクラスが違うとはいえ同学年、教科による移動教室もあるから彼女と鉢合わせして居づらくなって空気が悪くなるのは避けたいところだ。

 …………でもそうなると。


「三田の距離感はどうなんすかね」

「……もしかして二人、付き合っていた?」

「はい、付き合っていたっす。第二次ぐらいまで」

「第二次って何!?」

「小学校と中学校の計二回で、小学校から上がってきたクラスメイトから第二次お付き合い結成だと言われて」


 信じられないと言わんばかりに、放心状態になっている鬼島部長。


「あっ、私のこと呼びました?」


 ぴょこりと後ろから三田が俺の背中にのしかかってきた。昔からひっつき虫のようにくっついてくる三田であるが、久々に乗って来られてるといや意外と軽いな。


「にしてはお前たち結構近いよな。普通元カノと会うとギクシャクするものだぞ」

「あー、付き合っていた時の話ですか。私が自分から進んで付き合って欲しいって頼んだからというか。本気の恋じゃなかったから。なんというか……ノリとブームで?」

「軽いなお前らの付き合い」

「幼馴染だから付き合いやすかったしな。わざわざじれじれと譲り合うというのもなかったすからね」

「うーん。いやそういうことじゃないんだがな」

「だが俺は今本気の恋をしている。最終的にはトラックの前に立ちふさがってまで何度でも告白してやる!」

「お前いつの時代の人間だよ。だけど演劇一筋のお前が初恋を諦めない姿勢は嫌いじゃないし、尊敬に値する」


 ありがとうございます部長。ふと、三田のまん丸目がきょろりと舞台に置いてあった飲みさしのジュースを視界にとらえた。


「いらないならもーらい」


 ひょいとペットボトルを取り上げて、キャップを開けるとそのまま口を付けてぐびぐびと半分も残っていた黄色い液体があっという間に彼女の喉に落ちていった。


「意地汚いぞ」

「ごめんね。これ捨ててくるから見逃してね」


 にひひといたずら気に空のペットボトルを見せつけるように振ってみせる。まったく、こういうところは昔から変わらないんだよな。だが、後ろからじりじりと焼き付けられるような視線が部長から俺たちに放たれていた。


「…………そういうところだぞお前ら」

「「え?」」

「間接キス!」

「あっ」

「じゃ、じゃあまたね渡会君!」


 思い出したかのように急に顔を赤らめて、逃げるようにペットボトル片手に体育館から逃げていった。

 あいつ気を遣いがうまいのに、ああいうところには鈍いんだな。

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