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それから、どれだけ飲まされたかわからない。たしか一軒目はあのあとすぐに解散して、それからいくつかのグループに分かれて二次会になった。わたしは、先輩が「近くにいいスピーカーが置いてるロックバーがあるんだ」と言うので、ついて行った。だいたい七人ぐらいで行ったと思う。店主はイヤそうな顔をしていたけれど、しばらくその人数で音楽について語り、やがて音楽と関係のない下世話な話になっていった。そのころにはもうわたしは記憶がなくって、ただ先輩からタバコをもらっては、ウィスキーを舐めていたと思う。
そうして目が覚めると、わたしは知らない家のベッドの上にいた。天井の色はどぎついバーガンディーで、とてもじゃないが趣味のいい部屋ではなかった。
ベッドの隣には、裸の岡崎先輩が寝ていた。
「……ああ、そっかわたしさらわれたんだ」
自分も裸であり、また腰のあたりがやけに痛むことから、だいたいの事情を悟った。ここが池袋西口のラブホテルで、岡崎先輩が泥酔したわたしをさらったとわかるまで、そう時間は必要としなかった。
水を張りっぱなしの湯船には、使い切ったコンドームが並んでいた。わたしは泥酔していた自分を少しだけ呪いたくなった。
先輩を起こさないようにシャワーを浴び、それから着替えた。なんていうか、わたしは自分にも先輩にも幻滅していた。こういう関係というか、女性として見られるのがイヤだったのに。わたしは一人のシンガーソングライターとして生きたかったのに。でも自分の性根や、生まれ持った特性だとかがそれを許さない。人間というのはつくづく後悔ばかりする生き物だ。
わたしは無性にタバコを吸いたくなったし、無性にスミスが聴きたくなっていた。つまり、わたしが一番好きなスミスのラブソング――『リール・アラウンド・ザ・ファウンテン』を聴きたくなっていた。
わたしはイヤフォンで耳を塞ぎ、それから先輩のマルボロを一本だけ拝借して吸った。しけってまずくなってた。なんの液体がこのマルボロを湿らせたのかと思うと、よけいに美味しくなかった。イヤになった。でも、それでも一本吸いきった。
そうして私は先輩の財布から五千円札だけ引き抜くと、自動精算をして一人その場を去った。
もうこのサークルにいることはないなと、そう思っていた。
*
ホテルを出たとき、池袋は朝の四時だった。日が射し込み始め、それが鈍色に照り始めていた。
わたしは一人、上着のポケットに手を突っ込んで西口の線路沿いを歩いた。耳からはスミスが流れ、わたしは十六歳の少女だった自分を懐かしもうとしていた。
埼京線が動き出していた。これから鉄路を行き、あの鉄橋を越えるんだろう。わたしは彼のことを思った。彼のことを懐かしんだ。彼のことを恋しく思った。
線路沿いの小さなロータリーの前で、一人の浮浪者のような男がギターを弾いていた。誰の曲かは知らないけれど、よく聴けば岡崎先輩が弾くような曲よりずっといい曲だった。ニール・ヤングとかそんな雰囲気。ニットキャップに銜えタバコで、男はしゃがれた声で歌った。
わたしは思わず彼の前で足を止めてしまった。そして、お釣りの少しでも分けてあげたいと思ってしまった。
「……お嬢さん、なにか歌ってほしい曲でもあるかい?」
男は曲を途中で切り止めてそう言った。
わたしは、首を横に振った。
「いいえ。好きな曲を歌ってください。わたしも、好きな曲を歌いたいし、聴いていたいから」
「そうかい。じゃあ、好きに歌うよ」
「ええ、そうしてください」
なけなしの五百円玉を彼に投げると、わたしは西口に向かった。風俗街の向こうに見えるわたしの故郷が、遠く、しかし懐かしくも思えていた。
劇伴: 鉄路を逝く / June Amamiya
生けたグラジオラスが枯れるように
いつか僕は死ぬけれど、
老けた僕が醜いように
いつかの言葉は衰えるだろう
だから光を消さないで、切り取って、ピン留めして
想像しよう、いつか二人で
鉄路の下、触れ合った唇を
逃亡しよう、明日二人で
決意をした窓の向こう、青く冷えた街に歌って
心に茨を持つ少女 機乃遙 @jehuty1120
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