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 そうしてわたしは、気づけば十七歳のシャイな少女ではなくなっていた。気づけば十八歳の大学生で。毎朝京浜東北線に乗っては、あのグラジオラスを振り回した鉄橋の上を通って、東京に向かっていた。

 大学に入ってから、わたしはすこし自分を変えていこうと思った。まず髪型を変えた。八十年代っぽいジョニー・マー風の髪型に変わりはなかったけれど、後ろ髪の毛先を原色のような赤色に染めてみた。これ、実は男除けにやったのだけれど、意外と音楽をやってこの髪型だと男が寄ってくるので、むしろ不便している。

 それから服も変えた。セーラー服かジャージだったのをやめた。夏は好きなバンドのTシャツでいることが多いけど、だいたい寒くなるとジャケットを羽織るようにした。あとはよく黒か白のリーバイスを履くようになった。

 それから一番変わった点は、わたしは一人でいることをやめたということだ。つまり、サークルに入った。

 大学に入ってから、わたしはすぐにどのサークルに入るか考えた。音楽系であることには決めていたけれど、それだけでも十個以上のサークルがあったから。

 一通り見学してみたけど、でもわたしが着ていたモリッシーのTシャツに気づいたのは、十個サークルのうち一つだけ。だからわたしは、そこに入ることにした。

 といっても、人嫌いなのはあんまり変わってなくて。ときおり部室に顔を出しては、CDを借りていくだけの人になろうとしていた。

 そうしてその日も、わたしは午後までの講義を終え、部室でCDを借りて帰ろうとしていた。


「お疲れ様です、借りてたCD返しにきました」

 わたしは無愛想にそう言って、いつも部室に入っていく。

 室内はいつも雑多で、そしてだいたい決まりきったメンツがローテーションで入っている。今日はわたしのモリッシーTシャツを見抜いた岡崎先輩と、彼のバンドのメンバーが集まっていた。

「ああ、雨宮さん。ちょうどいいとこにいた」

 わたしが借りていたエコー&ザ・バニーメンを返していると、岡崎さんがそう言った。

「なんですか?」

「いや、雨宮さんには伝えそびれてたんだけど。今日これから新入生の歓迎会なんだよ。十九時半集合で池袋へ飲みに行くんだけれど。雨宮さんも来ない?」

「わたし、ですか?」

「まあ、無理にとは言わないけどね。雨宮さん、そういうの好きなタイプじゃないでしょ?」

 先輩はそう言って、机上のマルボロを手に取った。部室棟は禁煙のはずだけれど、ここは治外法権だった。

「まあ、苦手ですけど。でも、いいですよ。行きます」

「ああそう? じゃあしばらく部室で待ってなよ。そのうちみんな来るから。あと、そっちにあるテレヴィジョンのアルバム、きっと気に入るから暇なあいだに聴いてみるといいよ」

「ありがとうございます。聴いてみます」

「うん。ていうか、あれだね。雨宮さんもメンバー見つかるといいね」

「いえ、わたしは一人がいいので」

 それだけ言うと、わたしはCDを取り出し、イヤフォンで耳に栓をした。


     *


 マーキー・ムーンを一周したところで、新入生歓迎会の参加メンバーがそろった。思いの外人が多くて、部室からは人があふれていた。たぶんざっと数えただけで二十人はいたと思う。

「じゃあ、行こっか」

 と、岡崎先輩の一言でみんなが各々池袋に向かいだした。集合はいけふくろうの前で、そのあと駅前の居酒屋に集合という話になっていた。


 わたしは電車の中で、誰とも話さなかった。話さないフリをしていた。イヤフォンを耳に挿して、背中にギターを背負い、大音量でマーキー・ムーンを聴いていた。

 いけふくろうに着いたときのわたしも無愛想で、きっと岡崎先輩が話しかけてくれなければ、ずっとその辺にウロウロしていただけだと思う。飲み会が始まっても、わたしはずっとそうだった。


「じゃあ自己紹介。次、雨宮さん」

 みんなが未成年飲酒に慣れ始め、わたしも二杯目のハイボールを口にしたとき。酔いどれの二年生の女ボーカルがそう言った。たぶん彼女はわたしのことなど微塵も気にかけないような人で、スミスのスの字も知らないような人物だった。誰かもわからずカート・コバーンのTシャツを着るような女だった。

「えっと、立ったほうがいいですか?」

「どっちでもいいから、早く」

 早くしろ、という声。それから飲み足りてないんじゃないという声。半ばハラスメントまがいの声が響く中で、わたしは宣言した。

「雨宮純です。むかしのUKロック、とくにスミスが好きです。高校時代からずっと宅録で活動してました。よろしくお願いします」

 それだけ。それだけ言ったら十分だし、あとはわたしの曲を聴いてくれればいい。わたしは残りのハイボールを飲みながら席に戻る。でも、周りは納得してなかった。

「えー。それだけ?」

「彼氏はいないの?」

「雨宮さんもっと飲みなよ」

 そういう声がわたしを飲み込む。

 ずっとそういう声がする。

 わたしは誰かに助けてもらいたくて、一番端っこの席に座る岡崎先輩に目をやった。でも、先輩も同じ目をしていた。もっと飲めって、そういうような顔。

「じゃあ、飲みますから。追加でウィスキーを、それからマルボロを一箱ください。いいですか、先輩?」

 わたしは先輩に目をやる。

 彼は「いいよ」という目線とともに持っていたマルボロをわたしにくれた。

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