1-9
翌朝、わたしは寝不足だった。理由は簡単で、あのあと勢い余って午前二時過ぎまでパソコンの前に向かっていたからだ。インスピレーションが研ぎ澄まされているあいだに曲を形にしたくって。
そうしてある程度カタチにして、仮歌を吹き込んでみたら、もう二時を過ぎていたのだ。父はもちろん寝ていたし、睡眠時間はこのままだと五時間を切る見込みだった。でもまあ、体育の時間とかサボって寝てればいいかなと思ったら、最後まで曲作りに励んでしまったわけで。
おかげで一限の古文から想像を絶する眠気だった。朝学活だって今にも倒れそうだったし、白川先生が「来週から三者面談を始めるから予定を調整するように」なんて言ってたけれど、その内容も正直忘れてしまった。頭のなかは音楽と眠気でいっぱいだった。
サボって木陰で爆睡した体育が終わると、昼食は近くのコンビニで買った総菜パンを食べることにした。弁当を作る余裕もなかったし。それに、外で風に当たっていたほうが気が楽だった。教室にいたらほんとに爆睡してしまいそうだ。
中庭でイヤフォンを耳に挿し、ソーセージの挟まったパンをかじってた。自分の曲を聴きながら、わるくない気分だった。
でも、問題はそのあとだった。
「曲、できたんだ?」
中庭のベンチを一人独占し、眠りかけていたわたしに話しかけたのは、芹澤千春。彼は首にいつものカメラをさげて――ペンタックス? ってロゴがあった――わたしの前に現れた。
「やめて、いまは撮らないで。ひどい顔してるって、わかるでしょ?」
「そうだね。ただでさえ目つき悪いのに、すごいクマだよ。夜更かしでもした?」
「まあね。……聴く? その夜更かしの原因」
と、わたしは誇らしげにiPodを差し出した。まるで水戸黄門の印籠か何かみたいに。
「じゃあお言葉に甘えて」
彼は昨日と同じく学ランのポケットからイヤフォンを取り出した。曲を聴く姿は、昨日と変わらず静かだった。
「昨日よりちょっと印象が変わったかも」
「詞にあわせて少しだけアレンジした。ちょっとダークな歌詞になったから。とくにラストのサビ前のところとか、新しくワンコーラス入れてみた」
「いいね、『人生は空虚を満たす作業』ってフレーズ、すごくスノッブな感じがする」
「でしょう? わたしもその部分がすごく好き。我ながらよくできてると思う」
「そうだね。ねえ、雨宮さんについて一つだけ聞いていい?」
「いいけど、なに?」
「あのさ、雨宮さんは――」
と、そのときだ。
中庭に予鈴が鳴った。リン、ゴーンと昼休み終了五分前を告げる。
「あ、やばい。僕、写真部に書類出すの忘れてたんだ。ごめん、話は放課後に図書館で」
「ええ? ちょっと待って、そんな身勝手な」
「イヤなら来なくてもいいから。それじゃ!」
彼はまたそうして急ぎ足で去っていく。なんか、昨日もこうだった。わたしに曲にちょっかいかけて、勝手にどっかにいってしまう。批評家っていうのは本当に身勝手だ。
「彼ってばイヤフォン忘れてるし」
わたしのiPodには、彼のイヤフォンが挿しっぱなしに鳴っていた。
というか、わたしの教室に戻らないとまずかった。
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