1-10
放課後までの授業をわたしたちは何気なく過ごした。数学の時間は半分寝てたし、英語の時間は辞書を適当に引いては詞に使えそうな言葉を探していた。
そうしてわたしたちは、放課後示し合わせたみたいに図書館に集まった。同じクラスなんだし、ふつうに一緒に図書館まで行けばいいって思うかもしれないけど。なんだかそういう気にもなれなくって。結局わたしはiPodとノートを、彼はカメラを持って閲覧席に着いた。今日はテーブル一つ飛ばしじゃなくて、同じテーブルだった。
「で、聞きたいことって?」
わたしは早く帰りたかったから、単刀直入にそう言った。
でも彼は、道中で買ったパックのコーヒー牛乳を飲みながらぼんやりしてる。
「いや、なんていうかさ。雨宮さんって曲書いてどうするつもりなんだろうと思って。バンドはやらないわけ?」
「バンドにする意味が分からない。わたし、自分の好きな音楽がやりたいだけだから。だったらパソコンの打ち込みだって、いまならできるもの。芹澤君が一人で写真撮ってるのと同じ理由よ」
「それはちょっと違うけどね。僕の場合、モデルがいないとポートレートは撮れないから」
「まあ、それはそうかもだけど。……で、まさか聞きたいことってそれだけ?」
「いや、それだけじゃなくって。なんていうか、実はあのあと僕もいろいろ考えたんだ。家に帰ってから、雨宮さんのこと。それでさっき曲を聴いて確信したんだ」
「なにを?」
「アルバムのジャケット写真を撮るって話、やらせてほしい。僕に雨宮さんを撮らせてほしいんだ。雨宮さんのアー写、僕が撮りたい」
「……まあ、いいけど」
悪い気はしないよ、そう言われたら。
でもそう答えたら、芹澤君は舞い上がってしまった。
「ほんと? じゃあ、やろうよ。いくつか曲ができた段階で写真を撮ろう。どこか、イメージが湧くようなとこに行ってさ。雨宮さんはどういうイメージなの、この曲については?」
「イメージって。わたしはスミスにあこがれて、そういう曲を作りたいだけだけど……。でも、そうね。しいて言うなら、グラジオラスの花束を撮りたい。ほら、ライブのときにモリッシーがジーンズのポケットに挿していたの。知ってる?」
「ユーチューブで見た記憶があるな」
「そういうの、撮りたいな」
「じゃあそうしようよ。グラジオラスの花を持った雨宮さんがジャケットで、アルバムを作るんだ。宅録した曲を何曲か入れて、発売しよう」
「いいかもね、そのアイディア」
なんかいいかもって、わたし思い始めていた。
それはきっと芹澤君がわたしの言うぼんやりとしたイメージをちゃんとカタチにして返してくれるからだと思う。わたしの八〇年代にどっぷりつかりきったイメージをちゃんと理解してくれるからだと思う。
きっとこれ、軽音部のガールズバンドの子たちに話しても理解してくれないと思う。というか、理解されないから、わたしは入らなかったんだけど。
†
見学のとき、二年生の四人組ガールズバンドがわたしに演奏してくれて、しかもわたしが宅録してるって言ったらすごく興味を持ってくれた。でもわたしの書いた詞と曲を聴かせたら、なんかとたんに変な顔をして。それで彼女たちのオリジナル曲とか聴かせてもらったら、なんか愛だの恋だのそういう甘酸っぱいものの上辺だけさらったみたいな言葉で。それであまつさえわたしの書いた詞に「もうすこし女の子っぽくてカッコいい、キャッチーな歌詞にしようよ」なんて言ってきたときには、もうブチ切れてしまった。
そう、わたしはあのときこう言って部室を去った。
「ダメなんです、わたし。そういう今までの人生何不自由なく生きてきた、うら若き女子の幸せな悩みみたいなの。わたしは青臭くて、泥の中でのたうち回るみたいな。そういう青春を描きたいんですよ」
†
「じゃあ決まりだ」
芹澤君はそう言うと、おもむろに立ち上がってカメラを構えた。もちろんレンズはわたしに向いてた。
「やだよ。わたし、今日はクマができててひどい顔だって言ったじゃない」
「そう? 良い顔だと思うよ。シンガーソングライター雨宮純の記念すべきアー写一枚目にしようよ」
「二枚目でしょ、正確には」
「かもね」
わたしはまんざらでもなくて、今度は両手でデヴィッド・ボウイの『ヒーローズ』の真似をした。ほら、両手を差し出してるあのポーズを。
劇伴:"Heroes" / David Bowie
僕たちは何者でもないし、僕らを助けてくれる人なんてどこにもいない
たぶんすべては嘘なのだから、君はもう出ていったほうがいい
でも、僕らなら切り抜けられる、一日だけなら
たった一日だけならね
We're nothing, and nothing will help us
Maybe we're lying, then you better not stay
But we could be safer, just for one day
just for one day
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