心に茨を持つ少女
機乃遙
1. Please, Please, Please, Let Me Get What I Want
1-1
文理選択の第一次アンケートの最後の設問に、わたしはしばらくのあいだ悩まされていた。四限目の数学の時間も、五限目の地理のあいだもずっと。
『あなたの将来の夢はなんですか?』
そんな質問、たぶん生まれてこのかた十六年のあいだ何度もされてきたはずなのに。どうして答えられないのだろう。
担任の白川先生は、これを今日の放課後までに書いて教卓の上の投票箱に投げ入れておくようにと言ったけれど。わたしにはまともな答えが見つかりそうになかった。
地理の高津先生が等高線の読み方だとか、山間の地形についてあれやこれやと説明し、やがてチャイムが鳴ったけれど。わたしには結論も出なければ、ノートをろくにとることもできず。結局、まっさらなノートには、はじっこにわたしが好きなアーティストの言葉が記されただけだった。
なぜ人生の複雑さに甘んじる必要があるんだろう?
革張りの助手席が
こんなにも滑らかだって言うのに
Why pamper life's complexities
When the leather runs smooth
On the passenger’s seat?
*
やがて放課後が来たけれど、けっきょくわたしの頭のなかの書庫からは、ステロタイプな将来の夢というものが見つからなかった。
最初は放課後の教室にも、わたしみたいな『答えの見つからない者たち』がそこそこいたけれど。でも五分も一〇分もしたら、彼女たちもどこかに行ってしまった。
「どうする? 来年の文理選択に将来の夢なんてわかんないんだけど」
「テキトーに書いておけばいいんじゃない? あたし数学苦手だし文系って書いたし。将来の夢はテキトーに会社員って書いた」
「じゃあ私もそうしよ」
そう言って、最後に二人残っていたビッチ風のメイクをした丈の短いスカートの二人組も消えていった。ゆえに一年三組の教室に残ったのは、このわたし――雨宮純の一人だけになった。
夕暮れの校庭を見ながら、わたしはぼんやりと思った。白黒のボール玉を追っかけて、いぬっころみたく駆けずりまわる彼らの頭にも将来のこととか、そういう予想図が在るんだろうと。いや、むしろわたしなんかより彼らのほうがよっぽどきちんとした将来設計があるはずなんだ。
たとえばあそこで白球を追ってショートを守ってる坊主頭の原山徹なんて、きっといまは野球のことしか頭がないみたいふうを装っているけれど。でも三年生にもなれば部活を卒業し、推薦で都内の二流大学に入り、そこそこの成績で卒業して、持ち前の声のデカさからどこぞの保険会社の営業にでもなって、ディーラーの受付でもしている若い女性を奥さんにもらって、一男一女をもうけて、武蔵浦和あたりに家を建てるのだ。
「……わたしには、そんなビジョンはない」
独り言ち、わたしは文系に丸をした。なにせわたしは詩をやりたいのだから。そして続けざまにはじめから書くべきだった言葉を記した。
Q,あなたの将来の夢はなんですか?
A,白川先生、わたし、音楽史に名を残そうと思うんです。
劇伴 : This Charming Man / The Smiths
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