3. Last Night I Dreamt That Somebody Loved Me
3-1
一週間後、彼が送ってきた写真は、わたしが求めていたそのものだった。
薄明の高架下、鉄橋を見上げながらグラジオラスを振り回すわたし。ギターがコンクリートの上にだらりと置かれて、すこしだけ風に揺れている。セーラー服のスカートが風にそよいで、少しだけ夏の匂いをさせていた。
そして写真は、それだけではなかった。
写真の右上、薄墨色のセリフ体で記されたJune Amamiyaの文字。それは紛れもなくこの写真がわたしの――雨宮純のファーストEPであることを示していた。
わたしはこの写真を、水曜日の夜中にベッドの中で見た。風呂上がりの午後十時過ぎ。震えるスマートフォンが受信したのがそれだった。
芹澤君は続けざまにこう言った。
〈いいだろ、これ。フィルムで撮ったのを現像して、スキャンして使ってる。レトロな雰囲気がして、いい感じだろう?〉
〈うん、すごくいい感じ。早く曲を完成させないと〉
わたしは三度も四度もその写真を見直してから返信した。
〈最後の曲、どんな感じなの?〉
〈デモテープならできてるから、あとで送るよ〉
〈ありがとう。それと、デモと一緒にコードとかも教えてもらえる?〉
――え、なんで?
わたしはすこし戸惑った。
これまで彼と二回作曲をしたけれど、彼が音楽について細かく突っ込んできたことはなかった。ただやんわりと「こういうイメージだよね」という大枠についてアドバイスをくれたことならあったけれど。細かいメロディだとか、アレンジだとかそう言ったことについて口出しすることは一度たりともなかったのだ。
それに、その点についてはわたしの口出しを許さなかったろうから。
〈どうして?〉
わたしがそう問うと、既読がついてからしばらくのあいだ間があった。
十五分ほどして連絡があったとき、わたしは半分寝かけていた。
〈いや、ただちょっと気になっただけで。気にしないでほしいけど、でもよかったら教えてくれると助かる〉
*
翌朝、わたしはいつもより早くに目が覚めた。
悪夢を見たのだ。それは酷い夢で、つまり芹澤君がわたしを襲う夢だった。
夢の中、彼は両腕でわたしを抱きしめて言った。
「愛してる」と。
それはわたしがこの世に存在する言葉のなかで、もっとも嫌いな言葉のなかの一つで。いや、使いたくないわけではないけれど、でもわたしは『愛している』という感情を、その五文字でもって表現したくなかった。
いや、それ以上に彼にそんな言葉を告げられるのがいやだった。
彼がシンガーソングライターの雨宮純ではなく、一人の女としての雨宮純を認めていることが。その事実を知らされることが、わたしにとっては悪夢だった。
目が覚めたとき、わたしは彼からのメッセージをあらためて見返した。そこにはいつも通りの彼がいて、ただ二人で曲づくりを楽しむだけの友達がいた。
デモテープのデータと、手書きの楽譜だけ送ると、わたしは朝の支度をした。また今日も図書館で作曲が待ってる。二人でEPについて話し合わないとと、そう思っていた。
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