1-6

「……げ、なんで」

 翌朝、登校して早々わたしはそんな言葉を漏らすハメになった。

 わたし自信、口数の多い人間ではない。クラスで浮いてるのもわかってる。授業中以外に一言も言葉を発さずにいた日もあるぐらいには、無口だって自負している。

 そんなわたしが早朝から悪態を漏らしてしまったのは、言うまでもなく彼のせいだった。

 言うまでもない芹澤千春だ。

 あいつ、よりにもよってわたしと同じ一年三組だったのだ! わたし、ぜんぜん気づかなかった。あいつが同じクラスだなんて覚えてすらいなかった!

 ――気まずい。なんか、すっごい気まずいんだけど。

 わたしは人の顔を覚えられるタイプの人間ではないけれど、でも、すぐにわかった。だって彼ってば、教室のなかでカメラを振り回していたのだから。図書館の机の上においていた、あのレトロなカメラだ。どうにもフィルムカメラらしくって、彼はフィルムを巻き上げては、天井ばかりを撮っていた。まわりのクラスメートは誰も彼の写真に写ろうともしてなかった。

「なにやってんの、あいつ」

 わたしはそう独り言ちて、それからまた目線を反らした。

 わたしの席は窓際の一番前。アマミヤだから、名簿順で座るとだいたいこの位置になる。窓際の一番前って考え事にふけるにはいい場所だと思うから、嫌いじゃないけれど。

 でも、後ろの方を探り見るにはあんまり適してない。頬杖を突きながら、なんとなく廊下側の方を見ていた。でもすぐに目線を戻して、ノートと窓の向こうの中庭ばかりを見ることにした。そのほうが自然だから。


 けっきょく、その日じゅうわたしは彼の様子を探っていたけれど。彼のほうからわたしに話しかけてくることはなかった。


      *


 放課後、わたしはまた図書館にきた。芹澤千春が本を返している可能性に賭けたんだと思う。

 だけどあいにく彼はまだ返却してなくって。それどころか、昨日と同じ。大きめのスクールバッグから写真集とモリッシーの詩集、それからあのカメラを取り出していた。

 わたしはまだ一つテーブルを置いて彼の向かいに座った。わたしの机上にはまたシンボル辞典とノート、ペン、それからiPod。昨日もう一度吹き込んだデモテープを聴きながら、再び作詞に取りかかった。

 一〇分くらいで、デモテープを二周半したころ。わたしは探るように彼を見た。でも、席にはいなくて。机の上はもぬけの殻になっていた。

「え、彼は……」

「僕のこと?」

「はっ?」

 突然、二つ向こうの机にいたはずの彼が目の前にいた。イヤフォンをしていたから、彼が近づいてきているのにまったく気が付かなかった。

「雨宮さん、やっぱりこれ読みたいんでしょ。いいですよ、僕はまた今度でいいし。写真集は一通り見たし、こっちのボウイの写真集は書うことにしたから」

「いや、そういうわけじゃ……」

「じゃあ返却してくるんで、借りていいですよ」

「あ、いや、そんなこと……」

 わたしの言葉などまったく届かないのか。彼はそそくさとカウンターに向かうと、返却処理した四冊を持ってきた。それから「さあ、どうぞ借りてって」と言わんばかりに机の上に並べて見せた。

「デヴィッド・ボウイ、好きなの?」

「いや、そっちじゃなくて。こっち」

「スミス?」

 小さくうなずく。それがわたしにできる精一杯だった。

「大好きなバンドなの。だから、もっと知りたくって、でも本は高くて買えないから」

「図書館にリクエストしたってわけ? じゃあ僕も一緒だ。ここの図書館、わりと簡単にリクエスト通してくれるから」

「誰もリクエストしないのよ。だから、すれば通る」

「かもね。そっちの本はなに?」

「これ?」

 シンボル辞典。

 十五歳の成長を描くようなフレーズがほしくて、『思春期』とか『十五歳』とか『青春』とか、あるいは『迷惑』で引いてた。そういう男女関係を詞にしたいと考えていたから。

「辞典? こんな本、ウチの学校図書館にあったんだ。どうしてこんな本を? 勉強? そのノートは?」

「いや、これは……」

 わたしはiPodの電源を落とそうかと思った。イヤフォンは耳からこぼれ落ちたきり、ひたむきにデモテープを流してる。昨日録音したデモは、ギター一本でやったから、すこしアコースティックな雰囲気だった。

「なんの曲?」

「いや、それは……」



『わたしの曲なの、それ』

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