2-3
補習を食らったりもしたけど、一週間はなんとなく過ぎた。新しい曲の歌詞もいろいろ考えた。メモ帳は日が経るごとに黒くなって、図書館に通う度わたしたちは週末にかける期待を強めていった。どうしたらわたしたちあこがれのアーティストに近づけるんだろうって、そういう話をずっとしていた。日が暮れるまで、図書館が閉じるまで、本と音楽を開きながら、ずっと。
土曜の夜、父は帰ってくるのが遅かった。
「今日はなにか買って帰ってくるよ。ケンタッキーでも食べるか?」
なんて、そんなメッセージを寄越したのに。帰ってきたのは九時半過ぎで、わたしは紅茶しか腹に入れてなかったから、もうペコペコだったし。三時に駅に行かなくちゃいけないんだから、もう寝たくて仕方なかった。
寝たのは十時だった。クリスピーとビスケットだけおなかに入れたら、わたしはそそくさと部屋に戻った。
「今日は早いな、明日何かあるのか?」
父は残りのチキンを食べながら、缶ビールを飲んでた。もともとアルコールに強い人ではなかったから、顔が赤くなっていくのがすぐにわかった。
「うん、まあ。一緒に音楽やってる友達が、アルバムのジャケットにする写真を撮ろうってなって。早朝の荒川へ写真を撮りに行くの」
「そうか。何時に出るんだ?」
「夜明け前。日の出の薄明かりを撮りたいの」
「なるほどな。いいけど、気をつけろよ。それからお父さんは寝てるから、起こさないでくれよな」
「わかってる。静かに出てくよ」
わたしはそれだけ言うと部屋に戻り、二時頃に大量のアラームを仕掛けてからベッドに潜った。
*
目が覚めたのは二時半だった。飛び起きて時間を見て、すぐに「まずい」って思った。
わたしはすぐにシャワーを浴びて、髪をとかして、それから一応にも被写体になるんだから精一杯の化粧をした。といってもあんまりキツくなり過ぎちゃいけないから、ほとんどしてないようなものなんだけれど。でも、最低限の写りがよい格好はした。
それからセーラー服に着替えて、その上からジャージの上下を重ね着した。だって、さすがにこの時間に制服はさすがにマズイでしょ?
それでギターの入ったギグバッグを背負ってから、わたしは外に出た。
あたりはまだ真っ暗で、街頭のまわりには蛾がうろうろしていた。駅に続くコンビニだけが光を放っていて、深夜のバイト店員が眠そうに品出しをしていた。
わたしは道中にレッドブルだけ買って駅に向かった。だって途中で寝ちゃったらまずいから。
駅に着いたのは午前三時ちょうどくらい。駅の西口ロータリーにいた。わたしは飲み干したレッドブルの缶を捨てていると、ちょうど芹澤君を見つけた。彼はジーンズにパーカー姿で、大きめのリュックサックを背負っていた。自転車もちょっと高そうなやつで、カゴもついてなかった。たぶんママチャリじゃなくて、ロードバイクとかそういうやつだった。
「お待たせ。時間通りだね」
機材いっぱいのリュックを背負った彼だけど、見るとチャックの隙間から花束が飛び出していた。グラジオラスだった。なんかすこし間抜けというか、チャーミングだなって思った。
「おはよう。そのグラジオラス、ちゃんと買ってきたんだ」
「もちろん。さて、ぼちぼち出発しよう。いまから出て行ったら、ちょうど日の出前には着くからさ」
「わかった」
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