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 『十五歳の産毛の少女』と『フラワーホール』、二つの曲が仕上がって、わたしは次に三曲目に取りかかろうとしていた。この三つができたところで、とりあえずEPとしてネット上に試しに公開してみるのもいいのかなと、少しだけ考えたりもしていた。

 もっとも、わたしはあんまりネットに音楽をあげるのは好きじゃなかったのだけど。実を言えばすでにできている二曲も、まだわたしのPCとiPodのなかにあるきりで、YouTubeにもSound Cloudにもアップしていなかった。


 六月の中頃で、梅雨の終わりごろだった。

 放課後、わたしたちはいつものように図書館に集まって、ノートと辞書と詩集、それからカメラとiPodを開いていた。

「雨宮さん、ちょっと提案があるんだ」

 着席するなり、芹澤君はそう言った。話を切り出すのはいつも彼だったけれど、彼から提案をしてくるのはこれが初めてだった。

「提案って?」

「うん。そろそろ撮りたいと思うんだよ、写真。曲も二つできたし」

 そう言って彼は、机上のカメラを取り上げた。古めかしいフィルム式のカメラ。ペンタックスのSPっていうカメラだと、このあいだ教えてくれた。

「アルバムって言うか、ミニアルバム? EPとかになるかと思うけど。僕のなかでシンガーソングライター雨宮純のファーストEPのアートワークってどんなだろう? って、結構考えたんだ」

 言って、彼は両手の親指と人差し指とでファインダーを作って見せた。その画角には、カーテンから差し込む柔らかな光をバックに、チャーチルよろしくVサインを決めるわたしが写っていたはずだ。

「セーラー服姿でグラジオラスの花束を振り回す雨宮さんが一番似合うと思うんだよ。それもきっと、朝焼けの薄暗闇、薄明のなかで。川沿いの鉄橋の下とか」

「Under the Iron Bridge We Kissed and although I ended up with sore lips.《鉄橋の下で僕らはキスしたけれど、お互いの唇が痛んだだけ》」

「スミスの『スティル・イル』だね。うん、そういうイメージが合うと思うんだよ。どうかな、撮りにいかない? それにそうして外に出て、インスピレーションを得たら、きっと次の曲につながると思うんだ」

「そうね、たしかに。でも、撮影するならどこで?」

「近場なら、荒川のJR京浜東北線の鉄橋の下とか? 荒川沿いの運動場とかどうかな」

「いいと思う。だったら、いつやる?」

 わたし、わりと乗り気だった。彼のアイディアはかなり面白いと思ったし。それに鉄橋の下でグラジオラスを振り回すなんて、ほんとにわたしがモリッシーになるみたいで。そういうのって、すごくワクワクした。

「晴れてる日がいいな。曇りでも良いけれど、光がないと良い写真は撮れないから。フラッシュとか持ってくけど、でも自然光の薄暗い感じのほうが似合うと思うから……今週末なら晴れっぽい。その日の早朝とかどうかな」

「いいよ。じゃあ、日曜の早朝に。日の出って何時ぐらい?」

「四時前かな。じゃあ、三時ぐらいに迎えに行くよ。自転車に機材乗っけて。川口駅前に集合とかでいい?」

「いいよ、そうしよう。日曜の早朝三時に川口駅前で」

「決まりだ」

 わたしたちは、お互いのスマホのメモ帳に予定を書き入れた。週末日曜の三時、川口駅前に集合と。

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