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 朝、わたしの頬には蛇腹状のシワがくっきり付いていた。なんのシワかと言ったら、ノートの跡だった。詞を書こうにもいい言葉がまったく思いつかなくって、そのまま枕元にノートとペン、それからオスカー・ワイルドを散らかしたまま寝てしまったのだ。おかげで右頬がこの有様だ。

 起きて、顔を洗って、まあ化粧なんかはあんまりしないけれど、化粧水とファンデだけ軽くやって、寝シワを必死に延ばした。ある程度よくなったら、もうそれで諦めた。

 まあ、わたしを女性をしてみるような男子はいないだろうし。そもそもわたしは、そんな男の子を相手にする気はないし。なにより時間も無かったから。

 マーガリンを塗った八枚切りのトーストだけ腹の中に押し込むと、そのまま自転車置き場に向かった。

 お父さんはもうとっくに家を出ていた。たぶんわたしよりも一時間は早い。わたしが起きた頃には、もうとっくに出ていると思う。

 だからこの家は死んでいるのだ。

 わたしも父もいないあいだ、この家は死んでいる。


     *


 授業はいつ通り終わっていって、わたしはそのほとんどを話半分に聞いていた。もちろんちゃんとノートは取っていたけれど、取りつつも、なにかいい言葉が浮かべば片隅にメモしていた。

 でも思いついたフレーズといったら、



 ビッグマウス、

 余計な一言、

 君は僕の何を愛そうとしたの?

 顔だなんて言わないで

 口だなんて言わないで

 ギターノイズに響かせて

 余分な言葉をリフレインで

 過分な歌のノイズに乗せて



「バカなの、わたし?」

 五限と四限の間の休み時間、わたしは移動教室のあいだ自分のノートを見返してつぶやいた。誰にも聞こえないような小さな声で。

 こんなのモリッシーのパクリだし、パクった結果にロクな詩にもなってない。これじゃリスペクトじゃなくてドロを塗っただけだ。

 ――もっとやりようあるでしょ。

 自分の文才のなさに反吐が出る。どれだけ彼と同じように小説や戯曲を嗜もうとも、自分は彼にはなれないという現実。でも、わたしはそれでも音楽をしたいんだという矛盾。それだけでストレスフルになる。

 LL教室にの机に突っ伏して、わたしはノートを覆い隠すみたいにした。そしてイヤホンを耳に挿して、残された五分のあいだに宅録した自分の曲を聞くことにした。

 メロディは悪くない。わたしって天才だと思う。だけど、それだけじゃダメなんだ。自分の至らなさが歯がゆくて、イヤになる。

 ――あとで図書館にでも行こう。シンボル図鑑と韻律図鑑でも引こう。

 そう思いながら、わたしはあと一時間の化学の授業をどう潰すか考えていた。


     *


 化学の時間に詩が書けるはずもなく。気づけば清掃の時間が始まって、帰りの学活になっていた。わたしは女子トイレの掃除だったけど、織物の入ったゴミ箱を入れ替えただけだった。他人の汚物に触れるのって、なんかイヤだけどイヤじゃない。人の恥部に触れているような感じがしてちょっと背徳的になる。

 それってわたしがおかしいのかと思う。だって、ほかの当番の女の子は、「じゃあ雨宮さんよろしくね」と言ってどこかに言ってしまったのだから。ここ数日なんかは、もはやその「よろしくね」も言わない始末だった。

 知ってる。わたしがあまり社交的な性格でなくって、まわりから明るい人間と思われていないことぐらい。でも、スミスを聴くような女が明るく社交的で、ボーイフレンドをたぶらかしているような女なわけがないじゃない。

 わたしはその点割り切っていた。いい意味でも、悪い意味でも。

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