第32話魔王に休息はない

 

 ガラデ平原での戦いから早数日。

 平原の死体処理や修復などの諸々の後処理を行い、ようやく一息つけるかと思っていたのだが……


「魔王様、この度は魔王就任誠におめでとうございます。つきましてはこちら当家からのお祝いの品でございます。どうぞお納めください。そして………」


 毎日毎日訪れてくる客人の相手でそんな暇はなかった。

 どうやら族長とは別に魔族にも人間と同じように貴族階級があるようで、新しく魔王となった俺に少しでも顔を覚えてもらおうと、やれ男爵だ、伯爵だ、侯爵だが訪ねてくるのだ。

 今俺の目の前であーだこーだ述べている恰幅のいい豚やろ……もといオークで今日は8人目だ。

 もう正直うんざりだよ。

 そもそも俺は貴族という奴らが好きではない。

 それは人間の時に国王の指示で各地を巡っていた際、いく場所いく場所で多大な迷惑をかけられていたからだ。

 平民出身の英雄なんざ、貴族連中からすれば気に入らないのであろう。

 不平不満をぶつけられるだけならいざ知らず、物を投げられ、「平民風情が!!」と言って暴力を振るうなど、散々な目に合わされてきたわけで……

 なぜ魔王になってまでこんな貴族の相手なんざしなければならないのだ。

 早く帰ればいいのに。


「では魔王様、私はこの辺りで失礼いたします。何かありましたら是非当家にご相談ください!!必ずやお力になりましょうぞ」


 思いが通じたのか、オークは部屋から出ていった。


「はああああーーーーー………面倒くさい……」


 ついついため息とともにそう溢してしまった。

 しかしそう思うのも仕方がないだろう。

 これくらいは許してもらいたい。


「レノン様、お疲れ様です。はいお茶」


 椅子の上でぐったりしている俺にフレンがお茶を差し出してくれた。

 魔王とはいえ腹は減るし喉は乾く。

 コップを手に取りグイッと仰ぐと、冷たいお茶が喉に染み渡る。


「なぁフレン。これはいつまで続くんだ?もう今日で4日目だぞ……」


「もう直ぐ終わるんじゃないですか?もうほとんどの貴族連中は挨拶に来たでしょうし」


「そうか……そうだといいんだがな。そういえば1つ気になるんだが、魔王領はそれぞれの族長が分け合って管理しているんだろう?じゃあ貴族の必要性ってなんなんだ?」


 もとより爵位というのは名誉だけでなく、領地の管理権に紐づいて与えられるものであったような気がする。(その辺平民の俺はあまり詳しくない)

 では貴族が領地を持たず、族長が管理権を有しているこの魔王領において、いったい彼らは何をしているのだろうか。


「率直に言うと金ですね」


「金?」


 俺の質問にフレンはそう答えた。


「レノン様の二代前の魔王様までは、今のように族長が領地を管理しているのではなく、それこそ人間領と同じように貴族が領地を管理していました。しかし先代魔王様の意向で領地管理がそれぞれの族長に委ねられることになったのです。先代もレノン様と同じように貴族がお嫌いでしたから」


「しかしそれだと反発が起きたのではないか?」


 魔王が変わった途端領地を取り上げられた貴族たちはたまったものではないだろう。

 反発が起きても不思議ではない。

 見栄と欲望で生きているような奴らだ。

 むしろ黙って明け渡す貴族はいないだろう。


「もちろん起きましたよ。魔王領内全貴族たちが兵を集結して一斉に攻めてきたけど、あえなく返り討ちを喰らったわけです。そして反乱の後に貴族と話し合った結果、領地の管理権は没収する代わりに、爵位はそのまま残すということになりました。これにより領地の管理権を持たない貴族の完成というわけです」


 大方予想通りの回答だ。

 おそらく爵位を失くされれば彼らは今まで苦しめてきた民衆から酷いしうちに会う事は容易に想像できる。

 グラウスも流石にそれは避けたのか。

 いや、あいつのことだ。それはない。

 じゃあ残された貴族の使い道というのは……


「ああ、だから金なのか」


「そうです。領地の税収で食っていけなくても貴族の奴らはそれなりに金を儲ける知恵は持っているのです。だから魔王軍のために金を貢がせるために爵位を残したというわけです。……まぁ、人間に領地の大半を持っていかれた今となっては商売上がったりみたいですけどねーなんて……」


 おう……こんなところにも弊害が出ていたか。

 まったく、あの時の俺を今から殺しに行きたいくらいだ。

 いや、そんなことをすればメリザの命がなかったか。

 こうなる事は避けられなかったのか。

 なら仕方ない。


「……となると貴族連中が今挨拶に来ているのは俺に顔を覚えてもらおうというだけでなく、領地の管理権を再び貴族に戻すようにという魂胆もあるということか」


 領地の管理権なんざどこにあろうと俺にとってはどうでもいい話だが、貴族が権力を持つのは大していい事はないと思う。

 族長たちも善政をひいているから信頼が厚いときいている。

 わざわざ悪政を引く可能性の高い貴族共に権力を戻す必要性がまったく感じられない。


「おそらくそうだと思います。金がなければ存在価値もない連中です。その財源がなくなってきている今、爵位を維持するためにもそれは必要不可欠な事でしょうから。再び民衆から金を巻き上げるためにもね」


 ……そうなるとこれからあらゆる手段で俺を落としにかかってくるということか。

 あぁ……面倒くさい。

 とっとと元魔王領を取り戻して貴族連中が財源を確保できるようにするのが一番いいかもしれないな。

 よし、じゃあ近々連中でも集めて作戦会議といこうか。


「……兄さん、今大丈夫かな?」


 そう言って部屋の入り口から顔を出したのは絶世の美少女……もとい俺の妹メリザだった。

 あれからスラメの賢明な治療の結果、歩けるくらいにまでは回復した。

 まだ食事は軽いものしか食べていないようなので骨が浮き出るくらい細身ではあるが、少しずつ元のメリザに戻りつつあるようだ。


「ああ、大丈夫だ。何かあったのかい?」


「うん、少し相談があって」


「もしかして誰かにいじめられたのかい?誰だそいつは?名前を言ってごらん。すぐ退治してきてあげるから」


 我が妹をいじめる輩がいようとは。

 この世に生まれたことを後悔させてから殺してやる。

 そう言った俺にメリザは困った顔を浮かべ、


「え?違うよ……ここのみんなは私が人間だって分かってるのにとっても優しくしてくれるよ。……そうじゃなくて私の相談っていうのは……ねぇ兄さん、私もみんなと同じ魔族にして欲しいの」


「……はい?どういうことだい?」


 メリザが言った事は言葉の通りだと分かってはいるが聞き返さずにはいられなかった。

 妹が急に魔族にしてほしいなんていうもんだから。


「私もね、ここにいる以上みんなと同じ魔族になりたいの。人間を辞めることにはなっちゃうけど……でももう私と兄さんは人間領に戻る事はないから……だから私を魔族にして欲しい」


 メリザの言う事はもっともだ。

 魔王領で暮らす以上ずっと人間のままでいるというわけにはいかないだろう。

 人間というだけで不快感を持つ奴らもいるようだし。

 もしメリザが魔族になったならば城内も堂々と歩けるようになるだろう。


 しかし、兄として妹には人間のままでいて欲しいという気持ちもある。

 俺は怨恨からこの姿になってしまったが、メリザは別にそう言ったものではなく、ただみんなと同じになりたいというだけで本当にこの美少女を魔族に変えてしまっても良いのだろうか……


「ダメかな……兄さん?」


 少し上目遣いでそう訴えてくる。


「してあげればいいんじゃないですか魔王様。彼女がなりたいと言っているんだから彼女の意思を尊重してあげましょうよ」


「しかしなぁフレン……」


「あ、そうだ!!魔王様がしないんなら私がしてあげますよ!!種族はサキュバスになっちゃうけどそれでもいい?」


「魔族になれるのならばサキュバスでも構いませんよ。お願いしますフレンさん」


「了解了解!!じゃあちょっと待って「ちょっと待つのはお前だフレン!!!」って!!」


 気づけば俺は座っていた椅子から立ち上がりフレンに拳骨を入れていた。


「ちょっとー、何するんですか!?痛いじゃないですかー!!ほらー、タンコブできたじゃないですか!!」


「何するんですかーじゃないわ!!俺の可愛い妹をサキュバスにするなど絶対に許さん!!万が一にもメリザがサキュバス街で働くようになってしまったらどうしてくれるんだ!!ああん!?」


 そんなの絶対に許せるはずがない。

 そうメリザに触れていい男は俺だけだ。

 俺以外の男が触れようものならば地獄の苦しみを味わせながらこの世に生まれたことを後悔させてやる。


「……本当に後悔しないのかいメリザ?」


 俺がそういうと頷いた。


 後悔はしないと。


「仕方ない……じゃあ……」


 俺はメリザを中心に魔法陣を出現させ、力を込める。


「メリザ、これから身体が魔族に変わっていくけど、どうしても痛みが走ってしまうから我慢するんだよ?」


「うん、大丈夫。痛いのにはもう慣れたから」


「……じゃあ始めるよ」


 俺が手をあげたと同時に魔法陣が起動した。

 するとメリザの体を黒い闇がおおい始める。


「う……いたっ……」


 メリザの痛がる声が聞こえる。

 身体が魔族に変わるこの感覚は叩かれる痛みや斬られる痛みとはまた違うもので、いくらそれに慣れていようと痛みを感じてしまう。


 しばらくするとメリザの着ていた服が破れ、背中に黒い蝙蝠のような翼が生え、頭から角がはえた。

 白く透き通るような肌は少しだけ褐色になり、瞳の色が赤色へと変わる。


 そしてものの数分でメリザの身体は俺と同じような魔族の姿へと変貌を遂げたのだった。


「大丈夫だったかい、メリザ?」


 少し目元に涙を浮かべたメリザに、自分の着ていた上着をかぶせる。


「うん……大丈夫。えへへ、これで兄さんとおんなじになれたよ」


 そう言ってにかっと笑ったその顔を俺は一生忘れないだろう。

 メリザをすっと抱きしめ、俺は誓った。

 メリザの笑顔は俺が守ると。


 そしてこの笑顔を曇らせたあいつらに裁きを与えると。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る