第23話ガラデ平原での戦い③
「お前ら降りてきて戦え!!」
「それとも地上では戦えんのか臆病者めが!!」
キツケとフレンは地上から哀れな叫びを上げる群衆を上空から見下ろしていた。
スプリガン、コボルド、グールにグレムリン。
雑魚の遠吠えとでも言ったところだろうか。
しかしこちらには未だ十二翼の軍は姿を表していない。
「キツケ、確か目がよかったよね?他の戦場はどうなってるか見える?」
「中央部はドゴラと三重奏がぶつかったみたいですね。ワンズの方にもサラーデとオルデが向かっているようです」
「私たちの方に向かってる奴らはいないの?」
「おそらくわ。目視できる限りでこちらに向かっている、もしくは待ち受けている十二翼はいません。あくまで目視範囲なので魔法などで擬態している場合はわかりませんが」
「……なるほどね。舐められたものだよね。私たちが元十二翼じゃないからって雑魚ばかり集めてさ」
「全くもってその通りですね。しかし、舐められているからこそそれがどれだけ愚かなことであったか分らせる良い機会ではありませんか。一応魔法探知も行いますか?」
「んー、頼むよー」
フレンがそういうとキツケはいつもよりも目を鋭くさせ、全体を見渡した。
彼女の能力の一つ。魔法探知。
「……とりあえずこの辺りには魔法の気配はありませんね」
「敵本陣はどんな感じ?」
「残念ながらあそこには黒いもやがかかっていて見えない状態ですね。シャドウのものではないかと」
シャドウ。
魔王軍の中ではあまり強い部類とはいえないが、こと拠点防衛に関しては彼らは優秀だ。
複数人で陣を覆い、本陣を完全に隠してしまうのだ。
魔法探知ができるキツケだからこそ、本陣を発見することができるが、それでも中の様子が窺えない。
「じゃあ私たちはここにいる雑魚どもの処理をしてさっさと本陣目指しますか」
「そうですね。あまりこんなところで魔力消費をするのももったいないですし、本陣にはおそらく残りの十二翼がいるでしょうから」
フレンとキツケは上空で魔法陣を発動する。
「私の空気の壁に潰されるといいよ」
「私の血の針はよく刺さりますよ……ブラッティスピア」
フレンが作り出した空気の壁が敵兵たちを押しつぶし、かろうじて回避した兵たちはキツケの放った血の針によって体を貫かれ絶命する。
結果辺り一面に血の海を作りだした。
「さ、血は回収させてもらおう」
キツケが手を前に突き出すと、地面からそこに向かって血が集まっていく。
そして地面から血の海は消え去った。
「ふぅ、吸収完了です。流石に飲みきれなかったのであまりは瓶詰めさせていただきました。これでしばらくは魔力に心配することはないでしょう。ではフレン、残兵は放っておいて前へ進みましょう」
「了解。にしても便利だよね。血を魔力に変換できるなんてさ」
吸血鬼族は吸収した血を体内で魔力変換することが可能だ。
故に、戦場で魔力切れを起こしにくいという利点がある。
しかも吸収しきれなかったものは装備してある空瓶に勝手に貯蔵されていくのだ。
「まぁ便利な能力ではありますが、欠点もありますから。まず敵がいないと意味がないし、さらに敵が自分よりも強いとそもそも吸収することができないから。しかしこの戦場では非常に役に立ってますね。なにせ雑魚ばかりですから」
「まぁ頼りにしてるよキツケ。じゃあ行こうか」
「ええ行きましょう」
2人は敵陣に向けて前進を開始しようとした。
しかし2人はとある事に気がついた。
「あ、あれ?体が動かない?」
「フレンもですか?実は私もなんですよ。まるで何かに縛られているかのような………まさか!」
「はぁい、正解よキツケちゃん」
そう言って現れたのは、空中を自在に歩く8本足の蜘蛛女だった。
「あなたたち油断しすぎよ。魔力が見えないからと言って周囲の警戒を怠るなんて」
「アクネラ……なるほどこれはお前の糸ってわけだ」
「ふふ、そうよ。あなたたちは私の巣にかかった餌も同然。じーっくり可愛がってあげるから……かくごしててね……」
十二翼が1人アラクネ族長アクネラ。
彼女の織りなす糸は魔力を帯びているものの魔力探知には反応を示さない。
そして彼女の趣味は、その糸にかかった女性をひん剥いてしこたま可愛がった後、美味しくいただく事だ。
「私の方に来たのがあなたたちで本当によかったわ。もしワンズちゃんやドゴラちゃんが来てたら、即殺していたわよ?マホちゃんがいないのはとても残念だけど、可愛い女の子が2人も同時に食べられるなんてラッキーね」
アクネラは不気味な笑みを浮かべ舌舐めずりをする。
「キツケ様!!今お助けします!!」
「バカ!!こっちに来るんじゃない!!」
「え?」
キツケを助けようと突撃した吸血鬼族の数名が細切れになって地面に落ちていった。
一部生き残った者も何が起こったのかわからず、ただ立ち尽くしていた。
「ふふ、何が起こったのか分からないって顔ね。いいわ、その顔すごくそそる。何が起こったか知りたい?ねぇ知りたいでしょ?」
アクネラは不気味な笑みを浮かべ、
「私の糸には微力の魔力が込められているの。だから質感を自由自在に操ることができるの。女の子を捕まえるために粘着質を上げたり、汚い男どもを切り刻むために細く鋭くすることもできるのよ!」
そう言った。
無論キツケやフレンはそのことは知っていたが、細切れになった彼らはそんなことなど知る由もない。
そして知ったところでキツケたちを助けに向かうことなど到底無理なのだ。
なぜならば見えない糸がどこに張り巡らされているか分からない状況で無理な突撃をすることは、無駄死にをするのに他ならない。
「あなたたちは何もせずただあなた達の族長が食べられるところをしっかりと目に焼き付けておくのよ。……じゃあそろそろいいかしらフレンちゃん、キツケちゃん。これまでに感じたことのない快楽を味わいながら食べてあげるからね!怖がることはないわ。痛みは感じないもの……」
アクネラはゆっくりと糸の上を進み、2人に近づいていく。
「フレン!あなた炎の魔法は使えますか?」
「使えるけど初歩的なやつだけだよ」
「それで大丈夫です。アクネラの糸は炎に弱い。初級魔法でも焼くことは可能でしょう」
「一応やってみるね。ふれっ……んんー!!ん!!」
フレンが初級魔法フレアを放とうとした瞬間、アクネラの糸によってフランの口が塞がれてしまった。
「おいたはだめよ?大人しくしてなさい」
行動を完全に読んでいたかというくらいに早く対応されてしまったことでキツケは少し焦りを感じていた。
キツケ自身、爆裂系の魔法は使えるが、アクネラがそれにかかるほど甘いとは思えないし、蝙蝠に変化してこの状況から脱することは到底不可能だ。
なぜならば蝙蝠に分裂したところでここは蜘蛛の糸の上。
散り散りに引っかかってしまい、かえって状況が悪化してしまう。
考えろ、考えるんだ私。
この状況を脱する方法は……
などとキツケは考えていると、隣で奇妙な音が聞こえた。
ベリベリっという何かが破れるような……剥がれるような……
「ふぅ、これで喋れるよ」
なんと隣でフレンがいたから抜け出していた。
さっきの音は口についた糸を剥がしていた音だったようだ。
「ってえぇー!なんでフレン普通に抜け出せているの?おかしいでしょ!!」
アクネラもことがよく理解できていないと言った顔だ。
なにせ完全に動きを封じたつもりだった相手がいとも簡単に抜け出し、そして自分の糸の上に立っているのだ。
「な、ななっ……どういうことフレン?どうしてあなた私の糸から抜け出せてるの?私の糸は完全にあなたを捕らえていたはずよ?抜け出せるわけが……」
「まぁそうかもしれないけどさ、でも私にはそういうの関係ないんだよね。だって私の誘惑は生き物のみを対象にしているわけじゃないんだからね」
キツケは気がついた。
模擬戦の時にフレンがやったことを。
マホの魔法に誘惑をかけて跳ね返したことを。
「そんなこと出来るはずがないじゃない!!」
先ほどまでの余裕は何処へやら。
アクネラはフレンに向かってそう叫んだ。
「出来るわけないって……出来るからこそ抜け出せてるわけだし、そうだね。じゃあ少し試してみようか。こういうことも出来るんだよ」
フレンがアクネラに向けて指をピッと弾くと、それまで上空に張り巡らされていた糸がアクネラの方へと飛んでいった。
「ちょ、なんで!私の糸が私に絡みついて……動けない!!」
アクネラは自分の糸に絡まり、動きが取れなくなってしまった。
解こうと足掻けばあがくほどいたが体に絡みつく。
「ねぇ助けて欲しい?ねぇねぇアクネラ!助けて欲しいなら何か言うことがあるよね?こう言うときはなんて言うのかなぁー?」
完全にアオリモードに入ったな。
だって今ものすごい悪い顔になってますから。
「私は動けなくてももう一度あなたも動けなくすれば問題ないでしょう!!」
そう言ってアクネラはフレンに向けて糸を噴射した。
「戦場では冷静さを失っちゃいけないよアクネラ。あなたの攻撃はもう私には届かないのを忘れたの?ほいっと」
「んんんんーー!!んん!!」
噴射された糸はフレンの前で反転、アクネラの顔面にへばりついた。
「もうバカだなぁアクネラ。その状態じゃもう謝ることも出来ないじゃないか。……じゃあ殺すね」
フレンが自分の手に空気の矢を作り、アクネラに向けてそれを放った。
風を帯びて勢いを増すその矢がアクネラを捉えようとしたその時、
キンッという音と共にフレンの矢は消滅した。
そしてそこに
「苦戦してるなアクネラよ」
そう言いながら現れたのは自分の身長を裕に超える槍を携えた男の姿だった。
「ギーラ……ここに出てくるとは思ってなかったよ」
フレンは一歩後退り、元魔王軍最強の男に向き合った。
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