第9話ワンズ戦 Ⅲ
「………俺の周りを飛び回ってなにがしたいのだ?」
レノンはワンズの行動の意図が全く掴めなかった。
地面を蹴りだしレノンに飛びかかったように思えたワンズはそのままなにもすることなく通り抜け、空気の壁を蹴り再びレノンに接近しては何もせず通り過ぎるを繰り返している。
シタッ
またワンズが近づいてくる。
そして通りすぎる。
シタッ
「攻撃せんのか犬っころ」
シタッ、シタッ
「……ん?」
レノンは今の音に違和感を感じた。
シタッ、シタッ、シタッ
「まただ、足音が増えている?」
シタッ、シタッ、シタッ、シタッ
「……期待させてくれるじゃねぇか犬っころ!」
その後も増え続ける足音にレノンは思わず笑みがこぼれた。
そして……
シタッ、シタッシタッシタッシタッシタッシタッシタッシタッシタッシタッシタッシタッシタッシタッシタッシタッシタッシタッ…………!!!!
足音が数えきれないほど響き始めた時、レノンの周囲には数え切れぬほどのワンズの影と空気の渦が発生した。
『『『これが俺の必殺技だ!お前はもう本物の俺を捉えることができない!!』』』
渦の中でワンズの声が反響する。
そしてレノンを取り巻く渦の前面の数カ所からワンズが飛び出してきた。
レノンはその場で防御態勢をとる。
避けないと言ったのだ。動くわけにはいかない。
この中の1体が本物でダメージを与えるにしても防御を固めていれば大したダメージは入らないだろうと。
すると
「背中がガラ空きだぜ!!」
「ぐっ!」
前に意識を集中させていたレノンは背中にワンズの拳を受ける。
レノンにとっては想定外な出来事だった。
いくら分身が使えるとはいえ、実際に相手にダメージを与えられるのは本体のみだと思い込んだ。
それが仇となった。
前の数体も、背中からの1体も全てレノンにダメージを与えたのだ。
前面に対してはほぼノーダメージだが背面に関してはそうはいかなかった。
「いい拳じゃねぇか犬っころ……いやワンズ!!」
「へっ、ようやく名前を改めたか…!俺を認めたってことか?」
「俺に良い一撃入れたんだ。そんな男を犬っころ呼ばわりは失礼ってもんだ。そこでのびてるドゴラなんてなにも出来ずに俺に倒されたからな……!」
「……ドゴラそんなに弱かったか?」
地面に埋められた挙句悪口を言われるドゴラ。
しかしドゴラにはその声は届いていない。
なんてったって絶賛気絶中だから……
「……てか矛盾してねぇか?なんで俺は犬っころで、なにも出来なかったドゴラはドゴラなんだよ。おかしいだろ」
「ああそれな……思いのほかいい呼び方が見つからなくてな。ドゴラはドゴラだしそれでいいかなと」
「気にいらねぇがまぁいい。じゃあそろそろ無駄話とこの戦いも終わりにしようや」
ワンズの言葉とともに再び足音が増す。
(……さっきよりもまた増えたな)
空気を蹴る音が増え続ける。
そしてダンッと大きな音がした瞬間、レノンを囲む全範囲から一斉にワンズの分身がレノンに向かって飛び込んだ。
(上も周囲も全て俺の分身で埋め尽くした!この空気の渦からも抜けられるはずがない!もらった!!)
レノンは一切動かない。
その姿を見てワンズは勝ちを確信した。
そしてワンズとその分身たちの拳がレノンをとらえようとした時、
「お前だな!!」
「な、ウグッッッーー!!」
急にワンズ本体の方へ振り向いたレノンはその拳でワンズの顎を下から突き上げ、天高く跳ね飛ばした。
レノンを捉えようとしていた分身たちは姿を消す。
そしてワンズは自由落下を開始し地面に落下した。
激しく脳を揺さぶられたワンズは目をひっくり返して気絶していた。
体に浮かんでいた刺青模様も無くなっていた。
「……やりすぎたか?」
「いえ大丈夫ですよ魔王様!」
レノンがワンズの前にしゃがみこむと背後にフレンが縄を持って現れた。
「なぁフレン、その縄はなんだ?」
「これですか?これはですね……『結べ!』…ほらこうやって使うんですよ!!」
「いや……なんで亀甲縛りなんだよ……」
「私の趣味です!!」
フンスと胸を張るフレン。
男の亀甲縛りなんて誰得だよ。
「ところで魔王様、彼女はどうします?」
「ん?もう戦いも終わったし解放してやれ」
「はーい。ほら出てきていいよ」
フレンが出現させた紫の空間から人物が1人でてきた。
◇◆◇◆
……負けたな。完全に。
強えよ……あいつ。
ボスの俺が負けたんだ。
仲間にも顔向けできねぇな。
……クミンにも。
「………兄」
……クミンの声が聞こえる。
情けねぇあんな一撃で死んだのか俺は。
「…ワンズ兄!!」
「ぶへっ!」
いった!!
今俺の頬を平手打ちしたやつは誰だ!!
このやろう!!
許さねぇ!!
ぱっと目を開けたワンズは自分の体が動かないことに気がついた。
なんか変なところに縄が食い込んで……
「……なんで亀甲縛りなんだよ!!外せや!!」
「ワンズ負けたんだから大人しく結ばれてなよ」
「てめぇフレン!!外しやがれ!!ってフレン?」
おかしい……俺は死んでないのか?
ならさっきのクミンの声は……
ワンズはあたりをキョロキョロと見回す。
すると自分の頭の上側の方に
「ワンズ兄」
クミンの姿を見つけた。
「クミン……お前生きてたのか……?」
「まぁね。流石にあの時は死んだと思ったけど、フレンさんがあの転移魔法で助けてくれたのよ」
クミンはフレンが出した紫色の空間を指差す。
「勘違いしないで欲しいんだけど、魔王様の命令よ。私は別にこの子が死のうがワンズが死のうがどうだっていいんだから」
「……ははっ……マジかよ……生きてたのかよクミン」
自然と浮かび上がる涙を堪えながらワンズは
「なぁ……魔王様よ……俺はあんたを満足させることが出来たか?」
そういった。
「……さてどうだろうな。お前自身はどう思う?」
「俺か…….?…………そんなの分かんねぇよ……」
「まぁ俺からすればまだ弱い。だがまだ伸び代はある。期待はできるって感じだ」
「……そうか……なるほどな」
ワンズはそういうと、亀甲縛りのままうつ伏せになり
「魔王…いや魔王様、負けた身で何言ってんだって思うかもしれないが、俺たち人狼族をあなたの配下に加えてくれ。頼む」
ワンズは亀甲縛りのまま頭を下げた。
「その態勢で言われてもな……フレン縄を解いてやれ」
「えー、もう少しこのままでもいいじゃないですかー」
「解いてやれ」
「……はーい。『解けろ』」
フレンがそういうとワンズを縛っていた縄が解けた。
「さて、ワンズ。俺の配下になりたいってのは本心か?」
「もちろんだ。俺たちはあなたについて行きたい」
「……実力を見せたら仲間にする。俺はそう言った。だからワンズ、お前たちを俺の配下に加える。その代わりしっかり働いてもらうからな。あと今更かしこまる必要はないからな」
「はい……いや分かったぜ魔王様!」
ワンズは片膝をつき再びレノンに頭を下げた。
こうして人狼族がレノンの仲間となった。
レノン派:スライム族、竜族、人狼族、吸血鬼族
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