第8話ワンズ戦 II

 

「俺の最強をもってお前を殺す!!」


 荒い呼吸で目を血走らせたワンズがそう叫んだ。


「ならば俺も少し力を……『その必要はねぇよ』…ぬっ!?」


 レノンが言葉を発した時、すでにその懐にはワンズが入り込み顎に向けて拳を突き上げていた。

 間一髪のところでレノンは体をのけぞらせることでその拳を回避するが態勢を崩した。

 アッパーの勢いで空中に浮いたワンズは一回転し、その勢いでレノンの頭めがけて踵を振り下ろす。


「なめるな犬っころ!!」


 レノンはその足首を掴みワンズを放り投げる。

 投げ飛ばされたワンズであったが空中で受け身を取り、空気の壁を蹴って今度はレノンの腹部に拳を突きつける。


「…グハァッ!」


 態勢を崩された状態でワンズを投げたことによりレノンはその拳を回避できずに直撃を食らう。

 勢いのまま空中に投げ出されたレノンの頭上に現れたワンズはそのままレノンを踏みつけ、地面に突き落とした。


 ドゴラのとき同様にクレーターを作り、そのままレノンを踏みつける。


「お前はもう力を出す必要なんてない。もう決着はついてるからな……」


「なに……を……」


 立ち上がろうとするレノンをぐっと踏みつけ、さらに地面へとめり込ませる。


「なに立ち上がろうとしてんだよ。てめぇは大人しく地面に埋まって死んどけ」


 頭を踏む足に力が入る。

 レノンの頭を踏みつぶそうとしているのだろう。

 頭蓋骨が軋む。


「……ははっ」


「………何がおかしい」


 急に笑い出したレノンに怪訝そうな顔を向ける。


「はははっ!この俺にこのまま地面に埋まったまま死ねというか犬っころ!そうかそうか……!」


「何笑ってやがる!!ふざけっ……!!」


 ……視界が急に切り替わった。

 おかしい……おかしいおかしいおかしい!!

 たった今まで地面に埋まったクソ野郎を見下ろしていたはずだ!

 なのになんで……


「なんで俺が地面に埋まってんだよっ!!」


 埋まっているだけじゃない。

 頭を踏みつけられている。


「……転移魔法『交換転移』自分と一定範囲内の相手の位置を変える魔法だ。俺とお前の位置を交換したってわけだ。初期魔法だが…知らないのか?さて犬っころ、潰される覚悟はできてるか?」


「……っくそ!!」


 今まで優勢だったってのにこんな一瞬で立場が変わるのか!?

 どれだけもがこうと俺を踏みつける足は動かない。

 それどころか体も地面に埋まり始め、動けなくなってきている。

 頭を踏む力もじわじわと力が増してきている。

 早く抜け出さないと……マジで潰される!

 なんとか……なんとかしなければ……!!


「……はぁ…」


 なんだ?

 頭を踏む力が急に抜けたぞ?

 今なら抜け出せる!!


 ワンズは体に力を入れ、頭を踏むレノンの足から脱出した。


「……へっ!油断したな!こんなあっさり抜け出されるなんてな!!」


 また偽魔王が何か言おうとしている。


(その間が隙だらけだぜ……!)


 ワンズは軽く地面を蹴り瞬間移動が如くレノンの懐に入り込む。


「隙だらけだぜ!!」


 完璧に隙をついたと思っていたワンズは勢いのまま拳を突き出していた。

 その突き出された拳は虚空をつく。


「なにっ!?」


 そして勢いを殺すことが出来ずワンズは何もない大地へと飛んでいく。

 そして地面に着地する直前に背後にいたレノンに捕まる。


「な……完全に懐に入り込んだ筈だ!!なぜかわすことができる!?」


「まぁ最初は少し驚いたさ。あそこまで速くなるとは考えていなかったからな。だがただの速い一直線の突進を俺が2度も食らうと思うか?思うのならばお前は愚か者だ」


「なっ……」


 ワンズはまさかレノンが自分の速度についてこられるとは考えていなかった。

 なにせレノンに入れた一撃目のワンズの拳をもろに受けていたからだ。

 そして狂獣化したワンズの速度には十二翼はもちろん死んだ魔王ですら簡単に捉えることはできなかった。

 だからワンズは自分の速度を過信していた。

 誰も自分にはついてこられないと。


 しかし今ワンズは狂獣化した状態であるにもかかわらず、レノンに軽々しく捕らえられている。

 それがワンズには信じられない出来事だったのだ。


「……俺は犬っころ……」


「なんだよ……」


「俺はかなり飽き性なんだ」


「はぁ……?何言ってやがんだてめぇは」


 急に語り始めたレノンに少し動揺する。


「お前を踏み潰していても面白くないことに気がついたからあえて逃してさらなる強さを見せてくれると期待していたのだがな……その結果が一撃目と同じ攻撃だとはな……正直かなりがっかりした。失望したよ。」


「……何が言いたい!?」


 あえて逃しただと!?

 あの時力が急に弱まったのはわざとだっていうのか?

 そこまで俺は舐められてたってことなのか?


「つまりだな……お前と遊ぶのももうやめにする。いつまでもつまらない攻防を繰り返すつもりもないし、俺の軍にはお前のような弱い奴はいらないからな」


「なんだと!?俺が弱いだと!?」


 ふざけるな!

 俺は元十二翼の1人、神速のワンズだぞ!?

 魔王様の信頼も厚かった俺が弱いだと?

 そんなはずがない!!


「なんでお前に吸血鬼族が負けていたのかが全く分からん……数の差だけか?」


「はぁ?んなわけねぇだろ!!」


 吸血鬼族に俺たちが劣るだと!?

 十二翼の中にも入れない種族に俺たちが劣るわけがない。

 ましてキツケは全くの雑魚だ。

 あんな奴と同列……いやそれ以下に見られるなど以ての外だ。屈辱だ。侮辱だ。許せない。許さない!


「クソがァァアァ!!!!」


「……叫ぶな犬っころ。……仕方ないお前にラストチャンスを与えよう」


 レノンはそういうとワンズを掴んでいた手をパッと離した。

 自由になったワンズはレノンから距離を取る。


「……ラストチャンスだと?」


「あぁラストチャンスだ。次の一撃、俺は避けない。だから本気の一撃を見せてみろ。それが俺を失望させるものでなければ殺さず仲間にしてやる。ただしそうじゃなければ……種族もろともこの世から消してやる」


 レノンが言った言葉。

 完全な敗者に向けられた言葉。

 ワンズは察したこの男には勝てないと。

 戦うべきではなかったと。


 しかしもう逃げられない。

 自分が実力を見せなければ一族は滅ぶ。

 ならばやるしかない。


「……なら見せてやる。俺の最大を!」


「かかってこい。犬っころ」


 ワンズは地面を蹴った。

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