第6話圧倒的な暴力

 

「はっ!魔王だと?ふざけんな!魔王様はクソ勇者に殺されたんだよ!」


 俺は魔王様が倒される瞬間を見ている。

 その時俺も共に死ぬつもりだった。

 しかし魔王様は倒される直前に転移魔法で俺たちを逃したのだ。

 だから俺たちは生き残った。


『だから言っているだろう…俺は新たな魔王だと。お前らの主人となる者だとな』


「どこの誰だか知らなねーが、軽々しく魔王を名乗るんじゃねぇよ!主人?ふざけてんのか!?俺たちの主人は魔王様ただ1人なんだよ!!」


 俺は背後の男に強がった。

 強がることしかできなかった。なぜなら圧倒的な魔力によって身体が動かないのだ。

 振り返った瞬間に俺は死ぬんじゃないか?

 そう思ってしまう。


『強がるな犬っころ。怖いんだろ?身体が震えているぞ?』


 自分でも気づいていなかった。

 震えている。


「お、お前は一体何者なんだ…」


『……だから何度も言っているだろう。新たな魔王様だと。あまりしつこいとお前らの種族…滅ぼすぞ』


 背後から伝わる魔力がさらに強くなった。

 正直立っているのがやっとなくらいだ。

 ここまでの魔力を放出できるのは……いや、そんなはずがない。


「俺たちはそう簡単に滅ぼされるほどヤワな種族じゃねー。やれるもんならやってみろよ」


 頭でこいつに逆らってはいけないと警鐘が鳴っていた。

 もっともビビって体が動かない。

 しかし人狼族の長であるこの俺が簡単に相手に媚び諂うなどあってはならないという意地とプライドが邪魔をする。


『そうか。ならば仕方がない。あそこで戦っているお前の同族を消してやろう。泣いて謝ってももう遅いぞ?』


 背後で魔力の膨張を感じる。

 そして…俺の横を紫色の一線か通り過ぎていった。

 その一線は吸血鬼族を根絶やしにしていた仲間たちのもとへと向かい……


 破裂音とともに仲間たちが吹き飛んでいく光景が目の前に広がった。


「なん……だ………?」


 それはほんの一瞬の出来事だった。

 吸血鬼族と戦っていた仲間が絶命したのだ。


「なんなんだよ!?これは!!!」


 信じがたい光景にワンズは思わず声を上げた。


『分かったか犬っころ。自分の愚かな強がりが最悪な結果を生んだことを。そして俺との実力差をな!』


 ヤバイ……ヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイ!!!!!!

 ざっと500はいたぞ、あそこには!

 それが一瞬だと?

 ありえるかそんなこと!!


「ワンズ兄大変だ!!前線の奴らが壊滅した!!ほとんど跡形もなく………なぁワンズ兄……後ろの奴は……?」


 クミンが拠点に戻ってきた。

 最悪なタイミングだ。

 そして俺の後ろにいる何かに圧倒されている。

 それだけ後ろにいるのは魔族離れした男なのだろうか。

 しかし今はそれを考えても仕方がない。

 クミンを逃すことが最優先事項だ。


「……クミン……すぐ逃げろ…今すぐここから離れるんだ」


 いつもどんな相手に対しても威勢のいい兄が震えながら逃げるように言ったのだ。

 正直信じられない状況だ。

 それほどまでに兄の後ろに立っている男はヤバイ奴なのだろう。

 そうクミンは思ったが、そんな兄をいまだ信じることができなかった。


「な、なに言ってんだよワンズ兄……いつもの威勢はどうしたんだよ?」


「……どうやら俺は触れちゃいけないパンドラの箱ににふれたみたいだ。おそらく殺される。だからお前は逃げるんだ。逃げて生き残ってくれ」


 弱音を吐く弱々しい兄をクミンは見たくなかった。

 口では兄に向かって嫌いだのくさいだのなんだの言っていたが、その実自慢の兄であった。

 若くして人狼族の長になり、魔王軍の中でも幹部の一人に選ばれるほどの実力を持った兄だから。


「ワンズ兄……私逃げないよ。一緒に戦う」


 クミンはワンズの横に立ち、その男に対面した。


「は?なに言ってんだよお前は!?さっきの光景見たんだろ?相手は俺たちなんか一瞬で消し炭にすることができる相手なんだぞ!」


 ワンズが必死に逃げるよう説得しようとするもクミンは聞く耳をもたなかった。

 それどころか、


「ワンズ兄こそ分かってないよ!そんな相手だからこそ逃げても意味がないんだよ!だったら私はここでワンズ兄と一緒に戦って死ぬ!そっちの方がいい!」


 ……もう泣いてもいいですか?

 あれだけ俺のこと嫌いって言ってた妹がデレました。

 俺と一緒に死ぬだなんて……死ぬだなんて?

 妹を俺と一緒に死なすのか?

 そんなことがあってもいいのか?


 ……いいわけない。


 圧倒的不利がどうした。

 俺はワンズ。

 魔王様の配下にして十二翼の1人。

 その俺が臆病風に吹かれていてどうする。


 ふと震えが止まっていることに気がついた。


 覚悟が決まった…ってことか


 俺は偽魔王の方に振り返った。

 そこにいたのは姿形は魔王様とは全く違う青年。

 だが放つ魔力は魔王様に間違いなく匹敵する。


『……いい顔になったじゃないか犬っころ。戦う覚悟ができた顔だな』


 その男はニヤッと笑いそう言った。


「犬っころじゃねえ!俺の名はワンズ!今からお前を倒すものの名だ!!」


『倒すか……ならばかかってこい!格の違いを教えてやる!犬っころ!』


 差は圧倒的。

 でももう迷わない。

 ワンズは地面を蹴って飛び出した。

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