第17話 なぜRPGはレベル上げをするのか

 鷲津との電話を終えた時田は、さっそく一芸大学のホームページを立ち上げた。それから左上にある『ユーザーページへ』をクリックし、ログイン画面へと遷移する。

 一芸大学は、授業にまつわる手続きをユーザーページを介して行うことができるようになっている。出欠席の登録、授業に必要な資料のダウンロード、課題の提出、教授がオススメする参考書購入などなど。実に幅広い。

「大葉洋司⋯⋯大葉洋司⋯⋯見つけた」

 そのうちの一つに講師プロフィールというものがある。そこには講師達の専攻や経歴といった情報と連絡先が載っている。もちろん時田の目当ては大葉先生の連絡先だ。

 一芸大学専用のメールソフトを立ち上げ、大葉先生のアドレスを送信先アドレスに入力する。

 そして少し逡巡したのち、思い切ったように時田は文章を綴り始めた。

[大葉洋司 様]

[総合芸術学部 総合芸術学科の時田時宗と申します。急なメール、恐れ入ります。]

[今週のシナリオ創作技法の講義では大変お世話になりました。『想像すること』こそが物書きの心得という話をお聞きした時は、まさに目から鱗が落ちたかのような思いでした。]

[さて。この度、大葉先生にメールを差し上げた理由なのですが、一つご相談があってご連絡しました。]

[私は今、とある悪徳サークルを打ち倒すためにゲーム制作をしていて、シナリオを担当しています。しかしどうしても悪徳サークルに打ち勝てると確信できるシナリオを思い付くことができません。最近はどん詰まりで、アイデアを浮かべては却下する日々です。

[どうしたら最高のシナリオを思いつくことが出来るようになるでしょうか。どうやったらこのどん詰まりを打開することが出来るでしょうか。答えまでとは言いません。どうかささやかなヒントをいただけないでしょうか]

 ——送信。

 時田はふうと息を吐き、床にゴロンと寝っ転がった。かすかに心臓が高鳴っているのを感じる。それは自ら開かずの門を押し開けようとするかのような緊張だった。

 そして今、開けた門の先に広がる景色が目に映るのを静かに祈りながら待っている。どうか良い世界でありますように。と。

 

 ポーンという電子音が鳴った。予め音が鳴るように設定したメールソフトからだった。

「来た!」

 時田は勢いよく身体を起こし、PC画面に顔を近づけた。

[From:大葉洋司]

[件名:なぜRPGはレベル上げをするのか]

 紛うことなき大葉洋司先生からの返信であった。一瞬の躊躇もなくメールの本文を開く。

[南雲君の隣に座っていた子だね。今週は発言してくれてありがとう。]

[さて。単刀直入に斬り込むが、私は君のように他力本願な人間は好きではない。]

[⋯⋯だが。答えを探して必死になっている人間は大好きだ。恥も外聞もなく、君は前に進むために私の力を求めた。なかなか出来ることではない。そんな君に敬意を表して、私なりのアドバイスをしよう。]

 押し開いた門の先から光が差した。胸にこみ上げる想いを確かに感じながら、時田は続きを読み進める。

[君は、なぜRPGがレベル上げをするのか知っているか? それは敵を倒して経験値を積んだという証にするためだ。]

[レベルこそがその証。強くなったとプレイヤーに味わわせることで、一種の達成感を覚えてもらうことが狙いだと私は考えている。]

[もうお分かりだろう。君に必要なのはレベルアップだ。なんとなく上達するのではいけない。明らかに上達したと確信する過程を踏むんだ。]

 ⋯⋯確信する過程。

[その方法はいくらでもあるが⋯⋯そうだな。君はゲーム制作していると言ったね。であれば仲間にシナリオのアイデアを打ち明けてみると良い。ボツにしたアイデアも含めてだ。君が思っているよりも批判されるかもしれないし、絶賛されるかもしれない。]

[けれど、それが経験値になる。]

[君にとってのレベルアップは、君のアイデアが面白いと認められることだ。例えば筋力トレーニングをした者が、レベルアップを確信する瞬間は重たい物を持ち上げられるようになること。例えば料理人がレベルアップを確信する瞬間は、新メニューが美味しいと評判になること。]

[つまり『自分が求めていることを自他共に認められる時』ということだ。]

[そして認められるためには自分から求めなければならない。君はそれが出来ていない。批判も絶賛もそれほど味わっていないにもかかわらず、君は面白い物を作ろうとしている。]

[もう一度言うが、経験値が無ければレベルアップは出来ないんだ。この意味がわかるね?]

 ⋯⋯経験値が無ければレベルアップは出来ない。

 そうだ。自分のアイデアが本当に良いのか悪いのかも分からないのに、上達なんて出来るわけがない。言われてみれば、どうと言うことはない。至極当たり前のことだ。どうしてそんな簡単なことに気付くことができなかったのだろう。

 時田は大葉先生が自分を導いてくれる人なのだと改めて感じていた。

[もっと人に評価してもらいなさい。たとえそれが理不尽な罵倒だったとしても、すべからく君の血肉となる。君自身も気付かなかった得意分野や悪いクセなども見つけることが出来ることもあるだろう。]

[まずはアイデアを人に話すことを恥ずかしがらないことだ。そこから始めなさい。]

[長くなったが、私からのアドバイスはここまでとしよう。また何かあったらいつでも相談してきなさい。もしメールで送ってくるのならば、今後はもっと砕けた文章で構わないからね。]

[君の成功を陰ながら応援しているよ。]

[大葉洋司]

 胸からこみ上げてきたこの熱情を時田はこらえきれなかった。いや、こらえることをやめたという方が正しい。

「うおおおおおお!」

 喜びの雄叫びとして吐き出す。どうということはない。頭では分かっていたことだった。大葉先生の言うように恥ずかしかっただけだ。九十九帝に敵う最強のアイデアでなければならないという考えに取り憑かれ、陳腐なアイデアは誰にも見せることなく全てボツにした。見栄を張っていただけなのだ。

 けれど大葉先生からもらったこの勇気は、自分の心に火を灯してくれた。もう恐れない。もう怯まない。

 九十九帝の影など気にせず、どんなアイデアでも自分が面白いと信じるものは皆に見せてみよう。意見を聞いてみよう。

 今この瞬間から、心に『灯火の剣』をかかげることを誓おう。立ちはだかる壁を斬るために。襲い来る不安の嵐を打ち払うために。

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