第10話 続 ノームイケメン化計画

「それで、四大精霊というのはなんなんだ? 色んな作品で聞いたことはあるが」

「あれ。鷲津も知らないのか? じゃあ詳しく説明してやろう!」

 マイナスな感情を掻き消す意味も込めて、時田は意気揚々と両腕で十字を作った。鷲津が不敵に笑う。

「光線でも出す気か」

「デュワ!」

「デュワ?」

 時田の掛け声に金星がこてんと首を傾げた。

「え、金星ちゃん。ウルトラな人を知らないの?」

「なんですかそれ?」

 巻原は残念そうに片手を額に当てた。

「ジェネレーションギャップね⋯⋯」

「いや、二歳差でしょ。金星が特撮モノに疎すぎるんですよ。信じがたいですが」

 時田がやれやれと訂正する。と、そこで金星が思いついたように手をポンと叩いた。

「あっ! 全身タイツの人!」

「特撮はだいたい全身タイツだよ⋯⋯」と、時田。

「そもそも、なぜみんな全身タイツを着ているんだろうな」と、鷲津。

「もう全身タイツはいいから、四大精霊の話をしなさいよ」

 このままでは話が逸れると思った巻原が催促をする。時田と金星の二人が絡むと、だんだんと話が逸れていきがちだ。鷲津も変なテンションになると二人に流されてしまうので、最後の防波堤は巻原しかいない。巻原はついさっきの宝箱の件でそれを再確認していた。

 ごほんと時田がわざとらしく咳払いをする。

「えー。四大精霊というのは、ルネサンス期に錬金術師のパラケルススが主張した考え方です」

 こてんと金星が首を傾げる。

「アスパラガス?」

「違うわよ金星ちゃん。パラパラデスよ」

「どっちも違います! てか真希さん絶対わざとでしょ!」

 とんちんかんな答えを言う二人を時田が全力で否定する。

「バレた?」

「う、うちもわざとなんですけど⋯⋯」

「なおさらたちが悪いわ!」

「パラケルスス⋯⋯これも聞いたことがあるな」

 ふむと頷く鷲津の言葉に、ふふんと時田は得意げに笑う。

「そりゃそうさ。パラケルススは賢者の石の錬成に成功した人物の一人で、ホムンクルスの生みの親でもあるんだ。その界隈では超が付くほどの有名人なんだよ」

「そうか。その伝説の人物の名をパラケルススというのか。道理で聞いたことがあると思った。確かエリクサーを作り出して、病人の治療を行ったという話もあったな」

「『アゾット』という名の剣柄に忍ばせた賢者の石で治療をしていたという説もあるけどな」

「で、そのパラケルススが四大精霊を作ったと」

 また話が横道に逸れる気がした巻原は、すかさず方向修正した。

「はい。地の精霊ノーム、水の精霊ウンディーネ、風の精霊シルフ、火の精霊サラマンダー。どれも癖のある精霊達です」

 鷲津はふむと頷く。

「パラケルススよりもよく聞く名前だな」

「そうだな。設定として扱いやすいし、名前もカッコいいしな。サラマンダーに至っては他三精霊よりも姿の定義が伝承によってまちまちで、トカゲだったり、ドラゴンだったり、人間だったりするんだ」

「へえ。もうなんでもありって感じね」

 そう言う巻原の隣で、携帯をいじっていた金星が「あっ」と声を上げる。

「皆さん! ネットでまとめっぽいの発見しました!」

 金星が他メンバーに小さなまな板ほどのスマートフォンを掲げた。画面には四大精霊と思われるイラストが表示されていた。その内の小太りの小さなおじさんを指差して、巻原はパァッと顔を明るくした。

「わ、このノームめちゃくそ可愛いな! 他の三精霊も良い絵してる! やっぱり良いなあ⋯⋯四大精霊」

 巻原は生粋の絵描きであり、幻想的な絵で知られるane+moneを崇拝している。それゆえなのか、彼女は素敵な設定やキャラクターに出くわすと途端に元気になる。自分の気持ちが昂っていることについて、本人に自覚があるのかどうかは怪しい。もはや巻原の本能的なものだと時田達は思っている。

「時田! ノームは出そう! お願い!」

「えぇ⋯⋯。ノームを出すなら他の三精霊も出したいっすね」

「おっけ! じゃあ全員出そう。大丈夫。しっかりばっちりキャラデザするから」

 グッと親指を突き出す巻原に、時田は押され気味になる。最近自分がスランプに陥りがちなところからくる、ばつの悪さから反論する気力もなかった。それを見かねた鷲津が助け舟を出そうと手を挙げた。

「まあ待て。もう少し考えを膨らませようじゃないか」

 巻原は「ん?」と首をわずかに傾げる。

「考え?」

「そうだ。時田はプロじゃない。つまりそこまで柔軟じゃない。本人のこだわりもあるだろうしな。急に設定追加を決定されても困惑するだけだ」

 鷲津の言葉を聞いて、巻原は自分の身勝手さを自覚した。

「ああ⋯⋯ごめん。ついテンションが上がっちゃって。それでどう考えを膨らませるの?」

「時田の話を聞いている限り、ルーンオブサクリファイスに精霊が出てくる予定は今のところない。つまり精霊を出すとなれば、それ相応の設定をさらに構想する必要がある。それは今の時田には重荷だろう」

 否定の言葉が巻原の喉元まで込み上げてくる。だがそれをなんとかこらえ、巻原は別の言葉を紡いだ。

「⋯⋯それで?」

「要するに四大精霊の名前と性質を継承した別人を用意すれば良い。さっき時田も言っていただろう。サラマンダーは伝承によってその姿形が変わると」

「なるほどね。精霊というカテゴリーから脱却させてしまえば良いと。うーん、でもなあ。精霊の小太りおじさんだから可愛いんだよなぁ」

 むむむと巻原は腕を組んで唸った。

「人間の小太りおじさんも可愛くないですか?」

「いや、私はパス。というかやだ」

 金星の提案もむなしく巻原に却下される。

「真希さん。全国の小太りおじさんファンの皆さんに謝った方が良いですよ」

「そんなに需要ある? 小太りおじさん」

 時田からの指摘を受けてもなお、巻原は口を尖らせて反論してくる。そこで鷲津がさらなる提案をした。

「それなら小太りからは離れて、イケメンにしてみたらどうだ?」

「えー時田くん。鷲津にノームの設定を説明してあげて」

「⋯⋯ノームは赤い三角帽子をかぶった老人です。身長は約十センチで、サンタクロースみたいな豊かなあごひげをはやしています。大地を守る精霊で、地中に暮らしています。とても物知りです。人智の及ばない魔法的アイテムを作ることでも有名で、ドワーフと立ち位置が近いです」

「わかった? ノームは泥臭いの! イケメンだとミスマッチなのよ」

 どうだとばかりに息巻く巻原だったが、他三人はピンときていなかった。

「いや、カッコイイだろう。大地を守る精霊⋯⋯例えば土を耕したりして汗を流すイケメンだと考えればカッコイイ」

「農業男子ってやつですね! 逞しいってカッコイイと思います」

「お。だったらこの際、高身長にしちゃっても良いかもな!」

「あ、あんたたち⋯⋯」

 このままだと自分がさもしい人間なのだと認めてしまいそうで嫌になった巻原は、別の提案をすることにした。

「じゃ、じゃあイケオジとかどう? オーバーオールを着て、トウモロコシ畑を耕している的な」

 巻原の言葉を聞いた三人はきょとんと黙り、しばし頭を捻る。それから口々に巻原へと言葉を返した。

「いや、それはないっす」

「それはないですね⋯⋯」

「それはない」

「なんでだ!!」

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