第11話 その男、孤高につき

 南の正門から進み、中央噴水広場に辿り着くと、道は三方に分岐する。

 そのまま真っ直ぐ進めば総合研究棟。東に進めば図書館棟。そして西に進めば厚生棟、本部棟、専門研究棟、購買部、PCセンターと多くの建物が並ぶエリアにたどり着く。大学生活をするうえで主要な機能を果たすところばかりなので、西エリアは学生達にとって大学の中枢だった。

「で、時田。今日はどんな食材にするんだ」

 鷲津がパルメザンチーズのたっぷりかかったミートソースパスタを一口食べてから言った。

「そうだなあ。じゃあ植物系で。マンドラゴラとか」

「マンドラゴラミートソースのパスタ」

「マタンゴと塩茹でマンドラゴラの幻覚ハンバーグステーキ」

「マンドラゴラパン」

 鷲津、巻原、金星の順に想像した献立を述べる。

「金星はまたパンかよ⋯⋯」

「昨日はスライムパン、一昨日は人魚パン。明らかに考える気がないな」

「パ、パンが好きなので⋯⋯! すみません!」

「これに関しては、私も金星ちゃんの肩は持てないわ⋯⋯人魚パンはやばい」

「そ、そんな⋯⋯真希先輩まで! パン美味しいのに!」

「そういう問題じゃないよ金星ちゃん」

 フールズゲームの面々は厚生棟三階にある『キッチン義影』で昼食を取っていた。昼休みにここへ集まるのは日課と言って良いほどの常連である。

 ただし、気分を変えて先週のように噴水広場で昼を過ごすこともあれば、厚生棟二階の学生食堂で昼食を取るという例外の日もたまにある。

 またキッチン義影で食べる時のみ、もう一つ日課があった。

 それが今しがた皆でやりとりしていたファンタジーにありそうな料理名の出し合いである。

 毎回時田がふわっとテーマを決め、それに準じた料理名を発案していくのだ。

「金星は自分でキメラ的な料理名にしていることに気付いてないだろ」

「はい? キメラってなんでしたっけ?」

 目をパチクリとする金星に、時田はわざとらしく呆れてみせる。

「あのなぁ。例えば人間パンって聞いてどんなものを想像する?」

「んー⋯⋯」

 と、しばらく唸ってから、

「なんかめっちゃ怖いです!!」

 金星は驚愕した。

「そうそれだよ! その感覚! なんで人魚で気付けなかった⋯⋯! とにかくパンの頭に名前足せば良いってもんじゃないわけ」

「マッドもいいところだ」

「明日からはもっとメニューっぽい名前を考えようね。金星ちゃん」

 時田、鷲津、巻原の順に金星へ言葉をかける。金星はしゅんとうなだれ、コーンスープの入ったカップに口をつけた。

「⋯⋯はい。なんかふと気付いたら、後戻り出来ないところまで来てしまった科学者のような心境です」

「えっ。それが本当なら、ある程度はマッドだと自覚した上で発案してるよね!?」

 と、時田がツッこんだところで、皆の視界がほのかに暗くなる。

 なんだろうと、ふと脇を見やると一人の男が片手を腰に当てて立ちはだかっていた。

 間違いなく天然な癖っ毛の黒髪が実に目を引く。

 また服装は中心を境として左が黒、右が白のツートンカラーシャツに黒のスラックス。その服装は先進的とも、奇抜とも思えた。平然と着こなしている男の変わり者ようが窺える。

 男は挑戦的な様子でニヤリと笑った。

「今日も今日とて腑抜けた顔をしているな! 時田時宗!」

 あー⋯⋯。鷲津と巻原が内心で落胆の声をあげ、同時に目の前の机へくずおれた。

 わりと大きな声を出したからか、既に要注意人物になっているからか、彼の後方にある会計レジのところでひそひそと耳打ちするウェイトレスと、怖い顔で頷く義影オーナーの姿があった。

「何の用だよ。南雲なぐも

「こんにちは。南雲先輩」

 気怠げに話しかける時田と、いつもと変わらない様子で穏やかに挨拶をする金星。

 ちらと時田は金星を見やる。彼は金星のブレない様子を見て羨ましく思った。あまり気分が落ち込まないというのは良いことだ。

「やあ田中。今日も良い具合に小動物っぽいな」

「小動物っぽさに良い具合も悪い具合もないだろ」

 ぼそりと呟いた巻原を無視し、南雲は時田にビシッと人差し指をさし向ける。

「そして時田! 何の用だとは心外だぞ!」

「お前うるさいから。ちょっと静かにしろって」

 金星以外の皆が声を揃える。

「お前が言うな」

「⋯⋯とにかく! 俺はお前と何か約束した覚えはないっての」

「ああ約束はしてないさ。俺はただ腑抜けたお前を笑いにきてやったんだからな! ははは! どうだ!」

 うっ⋯⋯と顔を固くするフールズゲームの面々。さすがの金星も受け止めきれなかったのか、そそくさとスープカップに一度口を付けて、キョロキョロと皆の様子を伺う姿勢を見せた。

「ねえ鷲津。映画とかでよくあるワイン割って凶器にするやつあるでしょ? このグラスで出来ないかなそれ」

「それより俺が今まで使っていたフォークを凶器にする方が早い」

「やめろやめろ二人とも!」

 時田が両手をわたわたさせて二人を止めようとする。

「安心しろ。一撃で仕留める」

「仕留めるの大変だからやめろってことじゃないから!!」

 そんなことは知らんとばかりに、鷲津は顔の横でフォークを掲げた。

 えっ。本当にやるの? というような面持ちで、巻原もおもむろにグラスを片手で掴む。

「そういきりたつな。これで用は済んだ。早々に退散するとしよう」

 南雲はぐっと親指を突き立てた。

「さらばだ! 時田時宗! フールズゲームの諸君! これからもゲーム作りに励むが良い!」

 ダダダ! という効果音が実に似合う前傾姿勢の走りで南雲はその場から立ち去っていった。

「時田。ほんとなんとかならないのアイツ。私ムリなんだけど」

「真希さんの気持ちは痛いほど分かります。けど悪い奴ではないんすよ。な、鷲津」

「悪い奴ではない。だかウザい」

「南雲先輩は、お二人と高校一年生からの付き合いなんですよね? 仲は良いんですか?」

 金星の質問に時田は軽く首を振って笑った。

「ただの腐れ縁だよ」

 南雲みつる。ハイエロファントゲームス所属。時田をライバル視する物書きであり、ゲームプログラマーである。

 超が付くほどの自信家で、いつも自分に酔っていると周りに思われている。

 その実、時田と鷲津が言うように悪い奴ではない。ただひたすらに面倒くさく、融通の効かない男というだけであった。

 曲がったことが嫌いで正々堂々を好むため、どんな相手だろうと臆せず戦いを挑む。勝利を掴み取ろうとするその姿には、一種のカリスマを感じさせられる時もある。

 簡単に言うと生粋の頑固者だ。

 その時、キッチン義影の入り口ドアが勢いよく押し開けられた。ドアベルが激しく揺れてカラララララン! と音を立てる。

 何事かと皆が入り口に目を向けた時には、南雲が早歩きでこちらに向かっているところだった。

「だから南雲お前、周りの迷惑をもう少し考えろって」

「自虐ネタはほどほどにしておけ」

 は? という顔を浮かべる時田の周りで、吹き出す三人。不服そうな顔を三人に一度向け、南雲に振り返る。

「今度は何の用だよ」

「いや。言い忘れたことがあってな。明日から始まる授業⋯⋯絶対に欠席するなよ」

「明日から始まる授業?」

 くわっ! と南雲が目を見開き、時田に詰め寄った。

「そんなところだろうと思ったぞ⋯⋯馬鹿者!! 明日の一限は「シナリオ創作技法」だろうが。一身上の都合で今の講師が辞めて、代わりにあの大葉洋司おおばようじ先生が教鞭を振るってくれるんじゃないか。気合いを入れろ馬鹿者!」

「わ、わかったって⋯⋯顔近いって!」

 了解を得て満足したのか、すんと落ち着いた表情に戻り、南雲は時田から顔を離した。

「明日の朝、電話するからな! 寝坊したら許さねえぞ!」

 ビシッと時田の鼻面に指をさし向けてから、南雲は再びダダダ! という効果音が実に似合う前傾姿勢で店内を疾走し、外へと飛び出していった。

 巻原が頬杖をつき、じとりとした目で時田を眺める。

「あんた⋯⋯あんなやつにモーニングコールしてもらってるわけ?」

「え? いや⋯⋯まあ、たまーに」

「彼女じゃん」

「ちょっとやめてくださいよ気持ち悪い」

 それから巻原は鷲津を見る。

「嫁的に良いの? 浮気よねこれ」

「真希さん、そのネタやめてくださいよ⋯⋯」

 鷲津が眼鏡をくいと持ち上げて言った。

「時田。今日お前の家に泊まって良いか?」

「お前も張り合うなバカ!」

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