第8話 続 宝箱討論会

「はい。ということで。ここに宝箱討論会の始まりを宣言します。時田先輩と鷲津先輩も宜しいですか?」

「かかってこいや!」

「問題ない」

 黒のローテーブルを囲む三人のメンバー。テーブルの真ん中には一冊のノートが置かれている。宝箱のイメージイラストを共有するために用意したものだ。

「それではまず、時田先輩のお話を聞かせてください。どうやら宝箱の定番デザインとして『赤い箱に金の装飾』は違うということでしたが」

「そうなんだよ! それはミーハーゲーマー達の偏見なわけ! 勇者が竜を倒しにいくことで超有名な『ドラゴンミッション』シリーズに常識を縛られているんだよ」

「なるほど。それでは時田先輩は、常識に囚われるなということを言いたいのですね。オリジナルの宝箱を作りたいと」

「そういうことよ」

「それじゃあどういったイメージをお考えなんですか?」

「⋯⋯いや、まだ思いつかない」

「なるほど。そこを考えるのが時田先輩の役割だと思うのですが、いかがでしょうか?」

「い、いやぁ⋯⋯そうなんだけどね。うん。⋯⋯つーか、金星のキャラ変わってない? 怖いんですけど!」

「うちも鷲津先輩が怖いんです。ですからここは心を鬼にして仕切らせてもらいます」

 ギンと金星は時田を見据えた。一見、その眼差しは小動物が精一杯獲物を威嚇するような姿に近かった。しかしその眼差しの奥底で燃え盛る強烈な光を垣間見て「うっ」⋯⋯と、時田はわずかにたじろいだ。

「では次に鷲津先輩の考えをお聞きしたいのです。よろしいでしょうか?」

「ああ。俺が思うに、ゲーム中に配置する宝箱に求めるべきは“わかりやすさ“だ。例えば木の宝箱を配置したとする。すると地味過ぎて取り逃がす恐れが出てくるんだ」

「そうか?」

 時田に人差し指をビッと向ける。

「そうだ。わかりやすいということは、宝箱に意識がいきやすいということだ。お、宝箱だ。と思うと、開けたくなるのが人情だろう?」

「なるほど。とどのつまり鷲津先輩は、宝箱にロマンを求めるべきだと仰っているわけですね。見た目からロマンを追求すべきだと」

 親指と人差し指の間に顎を乗せた金星が、意味ありげな視線を鷲津に投げる。その視線を受けた鷲津は眼鏡をゆっくりと押し上げた。

「その通りだ」

「ではお二人の話をまとめると、こういうことですね?」

 そう言って金星は、ローテーブルの上に置かれたノートを開き、いそいそとマジックペンを紙の上に走らせた。

「はい! ロマンとオリジナリティに溢れた宝箱!」

 コンビ二人の眼前に大きな文字が差し迫る。ぱさっと紙が勢いよく翻る音が鳴った。

「おおー」

「おおー」

 時田と鷲津が声を合わせて称賛の拍手を送る。

 そのやりとりを傍から聞いていた巻原は、結局抽象的のままじゃんとツッコミたくてしょうがなかったが、ダークエルフの作画に意識を集中することにした。一度でも話しに加わったら、もう戻れない気がしたのだ。

「ではさっそくその両方を兼ね備えた宝箱ってどんなものかを考えてみましょうか」

 金星はふんすと両腕を組んで目を瞑った。

 しばしの静寂。トットットッというペンタブにペン先が当たる音だけが四人の耳にやってくる。

「はい」

 ゆっくりと手を上げたのは鷲津。金星はその姿を認めて、小さく首を縦に振った。

「はい。鷲津先輩」

「男のロマンといえば、カッコイイものと相場が決まっている。例えば⋯⋯ロボ」

 くいっとブリッジを持ち上げる。

「——変形する宝箱とかどうだ?」

「おお! ありだなそれ」

 いや、ねーよ。SFだろそれもう。

 ぐぐぐとペンタブを握る手に力がこもる。

 話に加わったら負け⋯⋯集中するのよ私。今はネルヴァちゃんのことだけ考えていたらいいの。

 巻原はツッコミたい欲をなんとか抑えつけて、なお一層絵を描くことに集中することにした。

「ではロボの案は第一候補としましょう。他の案はありますか?」

 そう言いながら、金星はノートに『ロボットに変形する』と書き記した。

「はい」

 次に手を上げたのは時田。その面持ちはいつになく真剣だ。

「オレはな⋯⋯オリジナリティを求めたい。言い換えるなら超絶インパクトのあるものが良い。心臓が爆発してしまうほどのな」

 ふっと笑って、眉間に指を置く。

「——時限爆弾の付いた宝箱」

「なるほど。宝箱を開ける度にスリルを味わえるわけか。斬新だな」

 いや、めんどくせーよ! 解除する手間かけさせておいて、中身がやくそう一個とかだったらゲームを粉砕する自信あるわ!

「あぁぁぁ⋯⋯!」

 わしゃわしゃと髪を掻いて雑念を取っ払う。もうこのままではいつまで経っても集中できないと思った巻原は、脇に置いていたイヤホンを耳に取り付けた。再生ボタンを押し、ファンタジーをモチーフにした民族風の音楽に感情を委ねる。

 それから一時間後。

 音楽の世界に浸っていた巻原の肩がとんとんと叩かれた。振り返ると、キラキラとした瞳をこちらに向ける三人の顔があった。時田が一歩前に進み出る。

「巻原。肉まんの形をしていて、二つに割るとロボに変形する爆弾を描いてくれないか?」

「宝箱どこいった!!」

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