第20話 第八回定例会議
「ではこれより第八回定例会議を始める」
生みの親であり、長である九十九帝が号令をかけた。首脳陣達が頭をもたげる。誰一人として同じような顔をしている者はいない。ある者は雄々しく。ある者は凛々しく。ある者は邪悪に。ある者は無愛想に。ある者は不敵に。誰もが己という個を確立した奴らである。その強烈な存在感はまさに圧倒的。あっという間に軟弱な者、半端な者を呑み込んでしまう。
ハイエロファントゲームスでは、週に一回の定例会議を設けている。問題点を洗い出し、目指している完成図により一層効率的に近づくための改善策を立案するのが最大の目的である。
首脳陣は九十九を除いて五人。
2D、3D背景チームリーダーの
サウンドチームリーダーの
ブログラマーチーム兼3Dキャラクターグラフィックチームリーダーの
宣伝チームリーダーの
そして、シナリオチームリーダーの南雲統。
五人とも何十人といるチームをまとめている腕利きだ。定例会議にはチームリーダーだから参加出来るというわけではない。九十九のお眼鏡に適った人物のみが定例会議に参加する権利を得る。つまり、それだけの器量がこの五人には備わっているということだった。
「一人ずつ問題点をあげろ。真田から時計回りで話せ」
彼らがいるのは一芸大学で最も広い会議室。場所は図書館棟の最上階。その広さは最上階フロアのほとんどを占める。このような会議室を使うことが出来るのは、大学内で最も有名で最も力を持っているサークルだからこそ許された特権であった。
甚平にゲタという和の装いをしている男が片目をちらと開けて九十九を見やる。
「シュオルの町の礼拝堂の2D背景を担当している宇津木の作業が非常に遅い」
「担当から外せ。他の雑用に回すか、脱退させるかはお前に任せる」
ハイエロファントゲームスに思いやりの文字はない。いかに冷酷な判断になろうとも、ミッションの障害は即排除する。それが効率的にミッションをこなす上での最善だと信じているからだ。
助け合い、支え合いは弱者の発想。真の強者は孤高であり、一騎当千の兵でなければならない。誰の力を借りずとも目を見張るほどの成果を打ち出す者こそ最強。ハイエロファントゲームスの一員にふさわしい。
足を引っ張る歯車はいらない。そのような歯車は即刻取り替えてしまった方が良い。
真田は九十九の言葉に目を瞑ることで答える。
「北王子は何かあるか」
「なにもありませんわ!」
北王子は颯爽と立ち上がった。片手を腰に当てて、自信満々にポーズを取る。濡羽色の長髪がしとやかに揺れた。
今日の彼女はやけに露出度の高い服を着ていた。刺繍が入っている透けフリルを纏った両肩出しトップスに、ホットパンツジーンズ。スタイルに自信があるからこそ出来る格好だ。普段はワンピースやブラウスにタイトスカートといったセクシーさを漂わせた大人っぽい服を着ているが、たまにイメチェンで別ジャンルの服装をしている。今日はギャル系ファッションのようだった。
「私は真田様ほどお優しくありませんから、この場で相談せずとも役立たずは即刻処断してますの。サウンド制作の方も順調も順調ですわ。なんなら今すぐサウンド品評会を催しても良くてよ」
「クラウドに上げられていたサウンドには耳を通してある。良い出来だ。このまま励んでくれ」
「もちろんですわ!」
「捻理はどうだ」
北王子が席に着くのを待つことなく、九十九は次のメンバーに声をかける。
「そうねぇー⋯⋯うひひ! ま、順調なんじゃない? 北王子と同じようにおいらも使えねーやつにはすぐに消えてもらってっからさぁ。“代わりはいくらでもいるんだよ!“ つって! あははは。このセリフ良いよね。めっちゃ気持ちいい」
ワカメのようにグネグネになった長い前髪をいじりながら捻理は笑う。
「天笠はどうだ」
「宣伝に抜かりはないわ。各コンテンツのPV数、各種ページのアクセス数、SNSでのコメント数など諸々の数字も上々」
天笠の格好はとてもシンプルだった。ギンガムチェックシャツにパンツスーツという大学生らしからぬピシッとした服装。そして一切遊んでいない短い黒髪。前髪を斜めに流しただけの生真面目な印象を受ける髪型。北王子とはまるっきり真逆だ。
九十九が小さく頷いて言った。
「そうか。では次——」
「ただ⋯⋯」
南雲に話を回そうとした九十九に、天笠が手を挙げる。
「なんだ。何か問題でもあるのか?」
「いえ。問題というわけではないのだけれど。以前、貴方に刃向かった時田時宗がフールズゲームという集まりを作ったのは知ってる?」
「ふん。知らないな。どうでもいいことだ」
「そう? 貴方がどうでもいいというなら、もう構わないけれど」
天笠はなぜかそこで笑みを浮かべた。九十九は彼女が何を言わんとしているのか分かっているようだった。さも面倒くさそうに目蓋を少しおろす。
「雑魚が集まったところで、龍に化けるわけはない。あっという間に海の主に丸呑みされて終わりだ」
「わかったわ。もう何も言わない」
この世は弱肉強食。それはまごうことなき真実。誰も気が付かないところで強者は思うがままに甘い汁を啜っている。金と権力と一定数の信者さえいれば、大抵のことはどうとでもなる。それが禍々しくも素晴らしき世界構造。
真っ赤な嘘も百人のうち九十九人が本当だと言えば本当になる。面白くないものも沢山のメディアとユーザーが面白いと言えば面白くなる。クロも皆がシロと言えばシロ。
フールズゲームなどという最弱の雑魚など、軽く金を積んで悪評を流してしまえばすぐに窒息する。そうでなくともハイエロファントゲームスの宣伝を本格的に始めた瞬間に、奴らの存在など掻き消えてしまうだろう。情報戦の時点で奴らに勝ち目はない。
「だといいがな」
九十九の言葉を聞いていた南雲が妖しく笑った。誰にも聞こえないような声で呟いて。
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