第19話 続 ルーン文字にまつわる神器が散らばる世界
時田はまず物語の大筋を質疑応答形式で説明することにした。
「火のルーン⋯⋯または火のレガリアと呼ぶ神器を国宝としているカノブレイズ王国が最初の舞台。ここまでは知ってるよな?」
三人はこくこくと頷く。
「物語はそのカノブレイズ王国が水の国であるラグシェンに戦争を仕掛けるところから始まるんだ」
「え、戦争? そんな物騒な話だったわけ?」
という巻原の反応に対し「俺も冒険者がルーンを巡って世界中を旅するような物語かと思った」と鷲津も同じような感想を述べた。
「じゃあもっと戦争してる感が出るSEを用意しなきゃですね。大勢の剣が絶え間なく打ち合う音とか、弾かれる音とか。あとは大砲とか馬とかも? それから声をミックスして雄叫び声とかも作りたいです」
金星は驚く二人をさしおいて、目を輝かせて創作意欲を溢れさせていた。そういう反応をしてくれると、時田も嬉しくなってくる。みるみる元気が湧いてきて、重たかったはずの口がどこかにいってしまう。
「そうなんだよ! 最初は戦争の勇壮さと迫力と恐ろしさと凄惨さがごちゃごちゃに混ざり合ったカオスな空間にプレイヤーを放り込みたいんだよ」
「つまりルーンオブサクリファイスは少年漫画のような冒険活劇ではなく、硬派な歴史ファンタジーってことでいいのか? そうであれば、カノブレイズ城のマップも作り直した方がいいな。部屋と廊下と装飾をもっと増やして複雑にした方が良いはずだ」
「いや硬派な歴史ファンタジーではないんだよ」と時田は一言添えてから、
「情景描写と各国の情勢ばかりがびっちり載っているような小説じゃあないんよ。硬派な群像冒険活劇と言えばいいかな。最初の物騒なシーンも、戦争が見せるおぞましい世界を主人公とプレイヤーに味わわせるのが狙いなわけよ」
「ほう。戦争に主人公が出くわしているのか」
「出くわすもなにもカノブレイズ側の新兵だよ。初陣ってやつ。名前はエル・ハインツ。十八歳の青年で、国の領地にある村の一つで暮らしてる。母と妹に贅沢な暮らしをさせることが夢で、名を上げるために兵士を志願したんだ。けれど、初めての戦争を目の当たりにして戦慄してしまう」
「自ら志願したヤツがなぜって思うだろう?」と時田は三人を見る。そして誰からの返事も待たずにさらに言葉を続ける。
「カノブレイズ王国は崇高な騎士道精神で有名だったんだ。しかし格式のある戦いを重んじるはずの騎士と兵士達は、容赦なく敵兵を殺戮していく。何かがおかしい。こんなのは大義を全うするための戦争じゃない。ただ殺し合いだ。そんな時、戦場で瀕死の水の国の兵士を見つけた。エルはその兵士を救うため、戦場を離脱して水の国へと向かうんだ」
ふと気付けば、時田の声は熱を帯びていた。自分が思い描いた大好きな物語を嘘偽りなく吐き出すことが、これほどまでにドキドキすることだとは知らなかった。書き上げた小説を鷲津や南雲に読んでもらったことは幾度となくあるが、頭の中にある物語を聞いてもらうということは今回が初めてだった。
感性に長けた時田が気付いたもう一つの出来事がある。それは仲間達が漂わせている雰囲気だった。自分と同じように心なしか熱を帯びているような感じがしたのだ。
「へぇ⋯⋯面白そうじゃん」
まず巻原が笑った。
「そうだな。これまで聞けなかったところが明るみになったのもあると思うが——」
「面白そうだ」と一拍置いて、今度は鷲津が微笑する。
「なんだか楽しいですね。こういうの。やっとゲーム制作が始まったような気もします」
そして最後に金星が笑う。
この時、時田は想いを共有する大切さを知った。そして一致団結して一つの方向に進むための方法も。しかし時には否定されることも、喧嘩することもあるだろうと思った。けれどそれでも構わないのだ。一人で真っ暗な道を迷い続けるよりも、あれこれ言い合いながら、共に出口を目指す仲間がいる方が遥かに良い。そしていつか辿り着く最高の景色を分かち合えたなら——。
「先に聞いておきたいんだが、他の国の設定はもう決まっていたりするのか?」
穏やかな声でそう聞いてきた鷲津に「実はもうあらかた決まってるんだ。いまいち細部がしっくりこなくて決めかねているだけで」と申し訳なさそうに答える。
「言ってくれればアイデアを出してやったものを⋯⋯」
時田は「わりいわりい」と一度謝ってから、説明を始める。
「火の国のカノブレイズだろ? それから水の国ラグシェン。雷の国ソンド。氷の国イスフェル。んで国以外だと、始まりの森ユルドラ。天界ベオークス。魔界ジル・バド。物語上、重要な役割を持っている場所はこれぐらいかな」
「時田先輩! 場所別の具体的な資料とかありますか? なんだか今、作曲欲がむんずむんず出てきたので、あればください!」
「私にもよこしなさい。背景とキャラクターデザインの方向性を変えないといけないかもしれないし」
興奮している金星と仕事人モードの巻原に向かって、両手を合わせる。先ほどと言うことは同じ。
「実はこっちもいまいち細部がしっくりきてなくてさ⋯⋯」
「だったらなおさら早く見せなさい。あらんかぎりの意見を出してあげるわよ」
「う、うちも!」
「それなら一つずつ話し合っていくか? まずはカノブレイズ王国から」と言う鷲津に、巻原が「いやよ」と口を尖らせる。
「だって、みんなセンス違うじゃない。話し合いで一つの正解を導き出す形式じゃないなら良いけど。例えばね? まずはアイデアをたくさん集めることに専念してネタ帳みたいにするの。それでまたそのネタ帳眺めながら、ああでもないこうでもないって話し合っていくのよ」
鷲津が真顔で巻原を見る。
「なんだ。まだトウモロコシ畑で働くイケオジノームを否定されたことを根に持っているのか?」
「そうだよ! イケオジありだろ! 絶対アンタ達の方が少数派なんだからね! 今からでも採用しろ!」
皆が夢中になってわいわい話し合っている最中、窓の外をミミズらしき細長いものをクチバシに咥えたツバメが過ぎ去っていった。
五月下旬はツバメにとって育雛の季節。あちこちから餌を取ってきて、雛鳥に分け与えるのだ。
時田だけが一人、ツバメの往来に気付いていた。彼は会話から意識を離し、ほんの少しの間だけ別のことを考えた。それは自分達も雛鳥と同じなんじゃないかということ。話し合いというエサを沢山食べて⋯⋯いつか巣立つ。
時田は快晴の空を舞うツバメを想像して一人ひそかに笑ってから、再び仲間達の話し合いの輪の中に加わった。
まず最初に物語の大筋を話そうという考えは、いつの間にやら記憶の彼方に消え去っていた。今はただただひたすらに腹を割って、自分達の意見とアイデアを交わらせることが楽しくて。それをやめることなど今の彼らには出来るわけがなかった。
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