第18話 ルーン文字にまつわる神器が散らばる世界
薫風の波に乗ったツバメがゆるやかな流線を描く。新緑の香りに包まれて嬉しいのか、気持ち良さそうに喉を鳴らした。
その一瞬の光景が四角に切り取られた景色に映りこむ。五月の穏やかな世界は、どこか『大丈夫だぞ』と言っているように時田には感じられた。
時田は感受性に長けている。それゆえの天才型とも言えた。快晴になれば心が躍り、雨が降れば憂鬱な気持ちになる。木漏れ日が舞えば元気が湧くし、葉先から朝露が零れれば温情が溢れる。時田に分かる感性は、鈍い者には分からないことも多かった。
「みんな。話があるんだ」
時田は黒のローテーブルの前に正座していた。集中スペースであるL字型のウッドデスクに座っている巻原、時田の向かいに座っている鷲津、台所で四人分のカップ麺にお湯を注いでいる金星が一斉に時田へと顔を向ける。
「なによ。またボツにしたいとか言うんじゃないでしょうね」
「どうした。そんなかしこまって」
「どうしたんですか? 時田先輩」
皆、口々に時田へと返事をしつつ、今度は身体ごと向けた。
「今、オレが書いている物語で相談があって」
ほうと三人は息を漏らす。時田が物語について相談してくるのは初めてだったからだ。これまでは物語に必要な舞台であったり、キャラクターであったり、魔法だったり。物語を構成する要素についての相談しかしてこなかった。言うなれば素材の発注と受注をするだけの関係だった。
⋯⋯その関係を今、時田は変えようとしている。
「大葉先生に良いアドバイスをもらえたみたいだな」
時田の変化をいち早く察したのはもちろん日頃から相談に乗っていた鷲津だった。いつもの無表情で素っ気ない印象の鷲津だが、今は素直に微笑を浮かべている。
「大葉先生って、つい三、四日前くらいに南雲が言ってた人?」
と、かすかに首を傾げる巻原に鷲津が答える。
「ああ。シナリオ創作技法の非常勤講師だ。インフィニティグングニールの作者でもある」
「え!? あの“イングル“の!? それやばくない? 次から私もこっそり授業に参加しちゃおうかな!」
巻原は大きく驚いた後、目をキラキラとさせた。ダークエルフのネルヴァちゃんに夢中になった時と同じ⋯⋯本気の目だ。講義当日に時田もその正体を知って衝撃を受けていたが、大葉洋司は物書きではない絵描きの巻原も衝撃を受け、興奮する人物であった。ファンタジー好きであれば一度はその名を聞いたことがあり、ファンタジー通であればその名を聞いた途端に興味を示すほどの人物⋯⋯それが大葉洋司という存在であった。
しかしそれは一偏にインフィニティグングニールの小説の力によるものだけではない。どちらかというとアニメ化、映画化、漫画化といったメディアミックスを多くしてきたからこその知名度と言える。
「へえ⋯⋯とても有名なんですねぇ」
四人分のカップ麺をお盆に乗せた金星がやってきて、巻原にカップ麺を手渡した。
「ありがと」
それからローテーブルに三つ置いて、彼女自身もローテーブルの前に腰を下ろした。お盆を脇に置いて、ちょこんと正座する。
ぱきりと割り箸を二つに割った巻原が、金星に困ったような顔を向けた。
「にしても金星ちゃん、コンテンツに鈍感すぎじゃない? ウルトラな人のことも知らないし」
「確かにな。ウルトラな人を知らないのは俺も驚いた」
巻原に鷲津が賛同する。
巻原は金星のことを心配し始めていた。彼女の価値観だとメディアに幅広く触れることは勉強の一環である。様々な作品を目と耳と心で感じて得たことを、自身の創作に役立てるというのは基礎の基礎である。
「す、すみません。うち、あまりテレビとか携帯とか見ないもので⋯⋯よく驚かれます」
「うーん。⋯⋯そうだ! 近いうちに私の家に遊びに来ない? 色々教えてあげるよ」
巻原の提案に金星は嬉しそうに「はい!」と頷いた。
と、そこで拗ねた子供のような顔をした時田が手を挙げる。皆、しまったと居住まいを正す。
「頼む。聞いてほしいんだ」
いつもの時田なら、そのまま拗ねて「もういいです」となるか、怒って「聞いてくれよ!」と大声でわめくかのどちらかだった。しかし今回はそのどちらでもなかった。時田が本当に真面目な話をしようとしていることを三人は察する。
「もう一度言うけど、オレが書いている物語について相談があるんだ」
「いいぞ。正直、待っていたまである」
鷲津の言葉に巻原と金星も笑って頷く。
フールズゲームに企画屋はいない。いかにテーマやコンセプトを定めることが重要かを知らない。道を整えて、進むべき方向を照す必要性も分からない。それはハイエロファントゲームスに挑む上で最大の致命的な点であった。
しかし。今この時。時田がそれを克服しようとしていた。企画屋の代わりは、大元のイメージを持っている人間にしか出来ないだろう。
⋯⋯そう。時田時宗が仲間にシナリオとストーリーを共有することから全ては始まる。ようやく彼らはスタート地点に立とうとしていた。
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