第16話 天真爛漫がやってくる
「ただいま」
「おっそいぞ兄ちゃん!」
鷲津が玄関の扉を開けると、両手を腰に当てて立ち塞がる妹——鷲津
鷲津はパーカーのポケットからスマートフォンを取り出し、時間を確認する。
「まだ十八時前だぞ」
「おっそいっての! あたしと鉄撃する約束だったじゃん!」
鉄撃とは有名格闘ゲームの一つである。シリーズを追うごとにグラフィックと緻密なアクション演出が目覚ましい発展を遂げることでも知られている。初代はバッキバキのポリゴンに色を塗っただけのような3D格闘ゲームだったが、七代目の今となっては一見本物かと見まごうほどの3Dステージ背景と3Dキャラクターデザインを誇っている。
「約束はしたが、時間は決めていなかっただろ」
「なに言ってんだよー! 勝った方が夕食の買い出しに行く約束だろー。兄ちゃんの帰りが遅いと、夕ご飯も遅くなっちゃうわけ。ポテチとコーラのストックも無くなっちゃったしさー」
「おま⋯⋯あれだけの量を一日で食べたのか?」
「ドヤッ!」
鷹子はこれでもかと胸を張った。綺麗に切り揃えられた七三分けの前髪が揺れる。
「威張るな」
よく見ると鷹子の服装はスウェット一式だった。彼女の家にいる時のユニフォームである。その反対の外用ユニフォームはジャージ。そして一度でも外に出た日は、寝る前までジャージのまま過ごす。つまり鷹子は今日一度も外に出ていないということである。
「いつも言ってるが、少しは外に出て陽の光を浴びないと身体に悪いぞ」
「こっちこそいつも言ってるけど、あたしが外に出る時はゲーセンとコンビニとバイトしか行かないから。陽の光を浴びる時間ほとんど皆無だから。それに平日に学校で目一杯! 陽の光を浴びてるんだから良いじゃん別に」
「まあいい。とっとと勝負しよう。何本勝負にする?」
「今日は誰かさんのせいで、めぇぇっちゃお腹空いてるから一本勝負で! キャラクター選択画面のところでずっと待ってたからすぐ出来るよ! ほら早く靴脱いで!」
ととと! と、はしゃぐ子供のようにリビングへと先に向かう鷹子。やれやれと鷲津はその背中をゆっくりと追った。
——それから五分後。
「あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙!! どうして! なんで! 勝てんのじゃあああ!」
この世の終わりだと言わんばかりに、両手を天に掲げて嘆く鷹子。
「うあ゙あ゙あ゙あ゙あ゙! これで三七二戦、三七二敗だあああ! ⋯⋯ふっざけんなよ! 少しは手加減しろよ! ぼけえ!」
かと思いきや、テーブルに突っ伏して文句を垂れ始めた。
「毎日毎日よくやるなお前も」
「当たり前じゃ! 今日の悔しさを明日のバネにするんじゃ! そのために目一杯この恨み辛みを心に刻んでるんじゃ!」
ちなみに鷹子はここいらのゲーセンで女王と呼ばれる存在だ。アルバイトで稼いだ金をゲーセンに注ぎ込み、ヘビーユーザーに勝つまで挑み続け、マナーの悪い客には意地の悪いやり方で仕返しするその姿から付けられた異名である。要するに鷹子はゲームに対して異常なまでの執念を持っていて、ゲームが滅法上手い。
しかしその上をゆくのが兄の鷲津鷹雄であった。今でこそその貫禄も影を潜めているが、彼も生粋のゲーマーであり、何度もゲーム大会で優勝した経歴を持つ。そんな兄を超えるために鷹子は日々挑み続けているのだ。
「ほら、早く買い出しに行くぞ。着替えてこい」
鷲津はこぢんまりした食卓の真ん中に置かれた現金二千円を手に取り、専用のがま口財布に突っ込んだ。共働きの両親が置いていったものだ。
「うぅぅぅ⋯⋯屈辱的だぁぁ⋯⋯」
買い出しに一人で行くのは寂しいからやっぱり付いてきて欲しいという鷹子のお願いも通例化している。今ではそのお願いをするくだりすら省略され、当たり前のように一緒に買い出しへと行く準備に取り掛かる。
先に靴を履いて玄関先で待っていた鷲津は、ジャージに着替えてきた鷹子を迎えた。
黄昏の道を二人並んで歩き始める。目指すは駅前のスーパーだ。
「あ。兄ちゃん。近いうちに相談したいことあるかも」
「今じゃダメなのか?」
「うん。せっかくだからタイミング合わせたくて」
ニッ! と笑う鷹子に鷲津は訝しみながらも、「わかった」と返事をした。
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