第24話 続々 決めゼリフ品評会

「勇者はついに魔王の元へと辿り着いた⋯⋯そう。行方不明だった恋人の元に」

 ギンッ! と金星がその目を見開く。

「よく来たわね。いいえ。よく来れたと言った方が良いかしら⋯⋯? 貴方はこれから大切な人の身体を引き裂いて、串刺しにしていくの。私の返り血を浴びながら、肉を抉り取って、骨を粉砕して⋯⋯大切な人の命の火を消すために一生懸命。それが貴方に出来るのかしら? ⋯⋯うふふふ。あははははは!! でも残念! どっちでも良いわね。だって私は出来るから! ⋯⋯覚悟しなさい? 貴方の魂。一瞬で刈り取ってあげる」

 誰もが呆気に取られていた。きょとんとした金星が首を傾げて「あ、あの。終わりました⋯⋯」と言って初めて皆は我に返る。

 正直、圧倒された。金星の異様に演技がかった喋り方と、鷲津が下げたハードルのせいも確かにあるのだろうが、それを差し置いても良く出来ていたように思える。時田が唖然とした表情のまま、金星の肩に手を置く。

「ライターの座⋯⋯譲ろうか?」

「い、いらないです! うちは曲が作りたいんです!」

「金星。時田よりも良かったぞ」

「わかる。金星ちゃんが時田の代わりに話を書きなよ」

「み、みんなしてやめてください! うちは曲が——」

 シュバッと片手を振りかざし、時田は金星の言葉を遮る。それからニッと笑って金星に言った。

「戦闘後のセリフを頼む。俺もそれで踏ん切りがつくから」

「と、時田さん!!」

 最初から何も聞こえなかったというふうに、時田は平然と常套句を述べ始める。

「魔王は膝をついた。勇者が差し向ける剣の前で⋯⋯」

 とりあえず言わなきゃと思ったのか、金星は戸惑いながらも頑張ってセリフを言い始めた。

「ゲホガハッ! グギャエ⋯⋯。わ、私の勇者さん。お願い⋯⋯私の臓物を食べて? せめて貴方の中で生き続けたいの。私の細胞の一つ一つが貴方の血中に染み渡っていくことを想像すると、もう何も怖くないの。さあまずは私の大腸から。ちょっと待ってね⋯⋯今取るから⋯⋯グッ! ギャエ——」

「ストップ! ストーップ!!」

「え、どうしたんですか⋯⋯? これからが良いところなんですけど」

「グロいよ! 純粋にグロい! 超ド級のスプラッタだよ!」

 キョトンとする金星目掛けて、時田はツッコミのポーズを入れた。片手を前に押し出すお馴染みのやつである。

「明らかに時田とは別ジャンルで一線を画していると思うが⋯⋯どう形容すれば良いのか。とりあえず言えることは金星に任せるとやばいな」

「そうね⋯⋯金星ちゃんはあくまで時田のサポート役として努めるが良さそう。ひとまず今作では」

「そ、そんな⋯⋯あれだけ持ち上げておいてひどいです⋯⋯!」

 時田と同じように鷲津と巻原もドン引きしていた。金星は頬を膨らませて拗ねてしまう。金星的にはノーマルだったのかもしれないが、一般的にはアブノーマルであるのだから仕方のない結果だ。

 三人は金星に対して同じ興味を抱いていた。それは“金星って普段からどんな作品を見ているのだろう?“というもの。ふわふわおどおどしている女の子にも関わらず、実はスプラッタ好きでしたとなったら、彼女の心には巨大な闇が巣食っているのではないかと薄寒くなる。

 ダメだ。気になって仕方がない。近いうちにそこらへん明らかにしよう。と、三人は人知れず心に決めるのだった。

「拗ねた金星を慰めるのは、ひとまず後にすることにして」

「す、拗ねてないです!」

「まあまあ。最後は真希さんの番ですね」

 自身の名前を呼ばれるやいなや巻原は片手で顔を覆い、フッと不敵に笑った。明らかに自信満々である。あの金星の口上を聞いてなお、不敵に笑えるのであれば相当の決めゼリフを用意しているに違いない。時田は期待に胸を膨らませる。

「時間が惜しいわ。あんた達を打ち負かすまでの時間がね。さあ、さっさと始めるわよ」

 拗ねるスタンスを維持していた金星も思わず、巻原の方をパッと見てしまう。時田と鷲津においては先ほどからワクワクとした感情を隠そうともせず、巻原にキラキラとした眼差しを送っていた。

「ではいきますね。勇者はついに魔王の元へと辿り着いた⋯⋯そう。行方不明だった恋人の元に」

 すると巻原は颯爽と立ち上がり、部屋の隅に置いてあるベッドの上に乗った。

「嗚呼ッ⋯⋯! 勇者様! なぜこのようなことに! おお! 神よ! もし叶うならば私のこの命を、どうか今この瞬間に焼き尽くしたまえ! 私に勇者様と殺し合うことなど⋯⋯殺し合うことなど!」

 舞台役者ばりの動きをベッドの上で見せる者が一人。それを無言で見つめる者が三人。

「あ、終わりですかね。次行っちゃっても大丈夫ですか?」

「えぇ⋯⋯! 良いわよ!」

 巻原は無駄に若干息を切らせていた。なんかやだなあと思いつつ、時田は戦闘後の常套句を述べた。

「魔王は膝をついた。勇者が差し向ける剣の前で⋯⋯」

「ああっ⋯⋯! そんな⋯⋯! 勇者様! これで終わりだと言うのですか⋯⋯もう一度、もう一度だけ貴方の優しい腕に抱かれながら眠りたかった⋯⋯ゆう⋯⋯しゃ、さま」

 言い終わるのと同時にばたりとベットに倒れ込む巻原。それを無言で見つめる三人。

「はい。じゃあお疲れ様でした! みんなありがとう! 参考になったよ」

「お疲れ」

「お疲れ様です!」

「せめて感想ぐらい言いなさいよ!!」

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