第5話 ハイエロファントゲームス

 季節は五月の下旬。

 今日も新緑を飾った木々が優しい風に吹かれて踊り、蝶や小鳥がキャンパス内を散歩している。

 初夏の穏やかな気候を全身に浴びた巻原が、ぐぐぐっと背伸びをした。

「ねえ金星ちゃん。DTM入門ってどんなことするの? というかDTMってなに?」

「えっと⋯⋯DTMはデスクトップミュージックの略称です。パソコンで作る音楽のことですね。DTM入門では生音との違いやその仕組みを学んだり、DAWっていう音楽制作ソフトの選び方を教わったりしてます」

「へえー。私が一年生の時にもその授業あった気がするけど、絵一本だったから今まで知らなかったよ」

「うちも高校生になるまでやっていたピアノの知識しかないので、授業の内容を理解するのに苦労してます」

 二人は時田を置き去りにした中央噴水広場から北を目指して歩いていた。広場から北に向かって伸びる約百五〇メートルほどの長い道。その先には巨大な総合研究棟がでんと居座っている。総合というだけあって、階数は十五階まで及ぶ。中には生徒が授業を受ける講義室、ゲームなどの貸し出しも行なっているメディア資料室、遊び道具が豊富に揃った談話室などがある。さらに各階の階段踊り場の隅には飲食関係の自動販売機が設置されている休憩所と喫煙所があり、果ては先生ら一人一人にあてがわれる研究室兼私室や学長室までもが、この建物に詰め込まれている。

 中央噴水広場から東に向かえば図書館棟、西に伸びる坂道を越えれば学生談話室、食堂、コンビニ、PCセンターなど色々と揃っているのだが、簡素で良ければ総合研究所だけで全て事足りてしまう。先生らの研究室には相談をしに来る生徒や、泊まり込みで実験をする生徒なども多くいて、いつも人で溢れる賑やかな建物だった。

「ま、真希先輩は絵の授業ですか?」

「うん。ファンタジーキャラクターデザイン」

 金星が巻原に羨望の眼差しを向ける。

「わあ。なんか専門的ですね」

「まあ三年だからね。この大学は三年生から本番なの。一、二年のカリキュラムだとあんまりスキルアップには繋がらないと思う」

 金星はこてんと首を傾けて可愛らしく唸った。

「確かに座学ばっかりで、技術的なことはあまりしないですね⋯⋯。でも秋ぐらいに実際に音楽ソフトを触ってみようという風な科目があります」

「きっと本当に触るだけよ。セットアップだとか、音の鳴らし方だとか。そういうのを大雑把に教わるだけなんじゃないかな」

「うち⋯⋯DTMで音楽が作れるようになるんでしょうか」

「金星ちゃん。入って一ヶ月で抜けた私が言うのもあれかなと思うんだけどさ⋯⋯本当にここで良かったの?」

 巻原の言わんとしていることを金星は察した。この大学で最も傍若無人であろう人物にまつわることだ。

 金星が軽く俯き、静かに笑う。

「良いんです。九十九みかどさんのサークルの方が人も多いし、とても専門的な知識でゲーム制作もしてるし、凄いなって思います」

「じゃあ⋯⋯」

「けど噂に聞く限り、ハイエロファントゲームスの皆さんは自分らしい創作が出来ていないように思います。言われたものを作っているだけというか」

「どんなチームでも自分が折れなくちゃいけない時はあるけどね⋯⋯アイツのところはアイツの思うがままだからなあ」

 そう言ってから短く息を吐き、巻原は改めて金星を見た。

「でも面子は冗談抜きで最高かつ最強よ。スキルアップというだけなら、この大学で最速かもしれない」

「そうなんですけど⋯⋯やっぱりスキルがあっても、心が踊らないとダメですよ。作ってるうちらが楽しくなかったら、遊んでくれる人はもっと楽しくないです。絶対」

 ムッと口を結ぶ金星を見て、巻原は次に言おうとしていた言葉を胸の内に留めた。その代わりに金星に同調する言葉を選んで言う。

「そうね。そうかもしれない」

「はい」

 わずかな沈黙が降りたのち、巻原が再び口を開く。

「⋯⋯それにしても金星ちゃん、アイツらのグダグダな宣伝でよくうちに来ようと思ったわよね」

 金星は柔らかく微笑み、巻原を見て言った。

「楽しそうでしたから」

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