第6話 ダークエルフって何がダークなの?

「あ、真希さん。ダークエルフってどう思います? 敵の秘密を森の中に隠し、来たる時まで守る種族として登場させようと思ってるんですけど」

「ダークエルフってなに」

「え」

「え」

 時田と鷲津が同時に顔を上げた。集中作業机でペンタブのペンを縦横無尽に走らせている巻原の背中を見つめる。時田と鷲津同様に部屋中央の黒いローテーブルを囲む金星が、ずずずとお茶を啜った。

 二人が声を上げるのも無理はない。二人にとっては“マヨネーズってどう思う?”というような簡単な日常会話を、巻原は“なにそれ”と返したのだ。

 巻原に質問を投げかけた張本人である時田は、動揺しつつも彼女に詰め寄った。

「え、え、え。真希さん⋯⋯ダークエルフ知らないんですか?」

「知らない」

「うそ⋯⋯だろ」

 鷲津はそう言って眼鏡を外し、ベランダの掃き出し窓から覗く空を見つめた。

「やめろそういうリアクション」

 巻原はデスクチェアをぐるりと回転させて、こちら側へと体を向けた。鷲津に鋭い視線を投げてから時田に向き直り、両腕を組む。

「知らないものは知らない」

「え、でも真希さんファンタジー推しの人ですよね? エルフぐらいはさすがに知ってるんじゃ」

「エルフは知ってる。でもダークエルフは知らない」

 時田は「えぇ⋯⋯」と言いながら頭を抱えた。どう説明しようか考えを巡らしているのだ。

 しかし巻原がダークエルフを知らないのも無理はない。彼女は自身が敬愛する『ane+mone』という絵描きコンビを追いかけ続けてきた。正統派ファンタジーを好むane+moneにまつわることなら何でも詳しいし、彼女らが手掛ける幻想的な作品のトレースも完璧。

 だかそれだけだった。

 巻原はane+moneと絵と料理以外の知識に乏しく、周りが当たり前に思っていることを知らなかったりすることがままある。

 興味を持ったことをとことん突き詰めるタイプで、興味のないことに対しては、最低限の対応で済ませてしまう。まともに吸収しようとするのはせいぜい学校の授業くらいである。しかしそれも単位の為と“クリエイターとしてのプライド”によるものだった。

「要するに悪いエルフってこと?」

「まあ⋯⋯端的に言えば、そっすね」

 眼鏡を掛け直した鷲津が巻原を見る。その表情は真顔でどのような感情を抱いているのかは読みとれない。

「端的に言えばな」

「じゃあ具体的に言うとどんななのよ」

「あ、皆さん。お茶のおかわりいりますか?」

 と、金星が話に割り込む。三人はそれぞれ短く相槌を打った。

「はーい」

 若干の緊張状態に入る三人を気にする様子もなく、金星はなにが嬉しいのか、いそいそとシンクへ向かう。

 先ほどからフールズゲームの面々がやりとりをしているこの場所は、時田のアパートである。

 十畳一間の風呂なしワンルーム。玄関入ってすぐ左手には狭いシンクとガスコンロの置かれた台所があり、その向かいにはトイレの扉がある。玄関から伸びる細く短い廊下を進むと、フローリングの敷かれた十畳の部屋が現れる。

 この場所こそが時田率いるフールズゲームの拠点だった。

 廊下から見て、部屋の右隅に置かれたL字のウッドデスクに座っていた巻原が立ち上がり、黒のローテーブルの前に腰をおろす。

「さあどうぞ。説明して」

 ごほんと時田が仰々しく咳をする。

「ダークエルフというのは、真希さんの言う通り一般的に悪いエルフとして扱われてます」

「あってるじゃん」

「どう悪いのかの定義があるんだ。ある程度な」

 と、鷲津。

「へえ。人殺しが大好きとか?」

「いえ、純粋な殺戮衝動みたいなものは持ってないですね。エルフという種族は知的かつ気高いことで有名なんですよ。これは所属が違ったとしても変わりません。なのでダークエルフも等しく知的で、気高いんです」

 首を一度左右に振ってから時田はそう答えた。

「じゃあなんなのよ」

「思想の違いっすね。ダークエルフを定義する大半は邪教を信仰しているケースです」

「あーなるほど」

 巻原は、ぽんと握り拳を掌の上に乗せた。それを見た鷲津が眼鏡をくいっと持ち上げる。

「愚か者どもが」

「急にどうした」

「あー⋯⋯鷲津が言いたいのは、主観で悪の定義を決めるなってことでしょうね。信仰というのは度を越すと、思想が違うってだけで相手を蔑んだり、いじめたりすることもあるわけですから。もうどっちがダークかなんて分かったもんじゃないです」

「なるほどね」

 時田と鷲津は、同時に身体を少し前に倒した。

「実はダークエルフの方が正しいことをしていて、エルフの悪事を止めようとしてたりする可能性だってあるわけですよ!」

「影響力の強い汚職エルフどもが、真っ当なエルフのことを悪いように吹聴して、ダークエルフと称し、貶めている可能性だってある」

 両腕を組み、うんうんと頷く巻原の隣に金星がやってきて膝を折った。手には四人分のマグカップを乗せたお盆を持っている。

 金星はマグカップを各々の前に配りながら言った。

「なんか魔女狩りを思い出しました。本当は悪いことしてないのに、悪い奴らだ! って言い張ってひどいこといっぱいしたっていう」

 その言葉を聞いて時田が苦笑いを浮かべる。

「まあ⋯⋯だいたいの作品で出てくるダークエルフは、外部の者に威圧的で、敵には容赦ないけどね。外法にもよく手を出すし」

「生贄にするために人を攫ったり、信仰の妨げになるものは躊躇なく排除するのも、傾向としてよく見るな」

 と、鷲津も続く。

「あとは邪教の教えで、世の中を苦しみに満ちた世界に落とそうとしてたりね」

 巻原と金星が一度顔を見合わせ、ゆっくりと時田達へと向き直る。

「すげーダークじゃん!」

「めっちゃダークです!」

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