第17話 美結と柚葉と新たな約束

みんなが寝静まったころ、柚葉は1人で思い悩んでいた。


「あーもうっ!なんであんな言い方しちゃったたんだろ。もっと他に言い方あったでしょ。なにムキになってんのよゆず。」


布団に顔をうずめてジタバタと暴れる。

まさか美結ちゃんがあの約束通りに告白していたとは思わなかった。そんな勇気は美結ちゃんには無いと思ってたのに。おにーちゃんもなんか嬉しそうにしてたし、あの2人付き合っちゃうのかな…

って、おにーちゃんと美結ちゃんが付き合ったってゆずには関係ないじゃん。むしろ良いことじゃん。美結ちゃんは昔からおにーちゃんのこと好きだったんだから。それにおにーちゃんも気になってそうだし。

それが1番正しいことだって分かっているのに、なんだか胸が締め付けられるようだ。


「あれっ、ゆっゆず、どうしっ、ちゃった、んだろ。」


気づいたときにはすでに大粒の涙が目から頬をつたって流れ落ちていた。


「なっ、なんでっ、泣いてっ、ひっく、わけわかっ、んない。」


言葉ではそう言っているが、本当は自分の気持ちに少しずつ気づき始めていた。

わかってる。でも、それはダメ。おにーちゃんなんだから。ダメなんだよ。


美結ちゃんと約束を交わしたのはゆずがまだ小学校に入りたてだった頃のことだ。かなり昔のことのはずなのに、この約束をした時のことだけは鮮明に覚えている。


「ゆずはね、おにーちゃんが好きなのっ。だからね、ゆずはね、おにーちゃんとずっと一緒にいるの。」


「えっ、そうなんだ。実はね、私もえーくんのこと好きなの。一緒だね。えへへ。」


「うんっ、いっしょー!」


「じゃあさ、柚葉ちゃん、おっきくなったらえーくんに好きって言おうね。」


「うん、ゆずも、ゆずも好きって言うー。」


「じゃあこうしよっか。私がおっきくなったらえーくんに好きって告白するから、それでえーくんがオッケーしてくれたら私がえーくんの彼女で柚葉ちゃんが妹ね。」


「美結ちゃんダメだったらどーするのー?」


「私がダメだったら今度は柚葉ちゃんがえーくんに好きって告白するの。それでオッケーって言ってくれたら柚葉ちゃんがえーくんの彼女で、私はえーくんの妹になるっ。それなら2人ともえーくんと一緒にいられるでしょ?」


「うんっ。わかった。2人ともおにーちゃんと一緒。約束ね。」


「うん。約束。」



あの時はまだ幼かった。だからゆずもおにーちゃんの彼女になれるって思ってた。でもあの約束から数年が経った頃、妹がおにーちゃんの彼女になんてなれないんだって気づいた。それからはひたすらに思いを押し殺した。ゆずは妹だから、おにーちゃんの彼女は美結ちゃんであるべきだ。それでいいんだと納得していたつもりだった。だからわざとおにーちゃんに美結ちゃんの好意を気づかせるようなことを言ったり、2人をくっつけようとお泊まりを言い出したりした。でも実際美結ちゃんがおにーちゃんと仲良くしているところを目の当たりにすると、なんだか胸の奥がキュッと苦しくなる。それでさっきはつい余裕がなくなって、困らせてしまった。ほんとはそんなつもりじゃなかったのに。ゆずは最低だ。


「1番バカなのはゆずだ…」


また大粒の涙がボロボロと零れ落ちる。ずっとおにーちゃんのそばにいたい。離れたくない。どこにも行ってほしくない。誰にもとられたくない。おにーちゃんの1番はゆずがいい。涙とともに抑え込んでいたはずの感情が次々と溢れ出す。でもそんなの絶対にかなわないんだ。許されることじゃない。ゆずは妹なんだから。仮におにーちゃんが許しても親や周りの人は許さないだろう。


「妹だっておにーちゃんのこと好きになるもん。」


そう言葉にしたと同時に突如、部屋の扉がノックされる。あわてて目の周りを袖で拭う。

やばっ、もしかして今の全部聞かれてたっ?


「遅くにごめんね、柚葉ちゃん。ちょっと入ってもいい?」


ノックをして話しかけてきたのは美結だった。おにーちゃんじゃなかったことに安堵しながら美結を招き入れる。


「あのさ、美結ちゃん。もしかしてさっきの聞いてた?」


「ほんとごめんね。盗み聞きなんてするつもりじゃなくって、ただ柚葉ちゃんに話したいことがあっただけなの。」


やっぱり聞かれてた。恥ずかしさで逃げ出したくなるのをグッとこらえる。


「そっか。その…さっきはごめんね。美結ちゃん困らせるようなこと言っちゃって。」


「ううん、気にしてないからいいの。それより柚葉ちゃんが自分のほんとの気持ちに気づいてくれたみたいで嬉しい。」


「え、そ、それって…」


「うん、えーくんのことが好きって気持ちだよ。」


「それは…その…」


「ううん、もう柚葉ちゃんは我慢なんてしなくていいんだよ。好きなら好きって言ってもいいんだよ。それに、今考えると昔の約束って不公平だよね。私だけ先に告白してオッケーだったら付き合うなんて都合がよすぎるよね。」


「でもゆずは妹だから。美結ちゃんが彼女になった方がいいよ。」


「ほらまたそうやって自分の気持ちに嘘つかないの。えーくんのこと好きでしょ?だったら妹だって関係ないよ。」


「でも、美結ちゃんがよくても他の人は許してくれない。」


「大丈夫。周りの人が何を言っても関係ない。だって好きなんだから。素直に頑張ろうよ。」


「でも…」


「じゃあ新しく約束しよっ!私そのために来たんだから。私はもう告白しましたー、でも答えはまだもらってませーん。だから、柚葉ちゃんも自分のタイミングで告白するの。それで、後はえーくんに決めてもらうの。それでね、えーくんには3つ選択肢をあげますっ。ひとつ目はどちらとも付き合わない。ふたつめはどっちか片方と付き合う。みっつ目はどちらとも付き合っちゃう。ねっ、これで平等でしょ?」


「ゆずと美結ちゃんの両方と付き合うってどういうこと!?」


「え?そのままの意味だよ~。どっちもえーくんの彼女になるの。2人とも幸せっ。」


「み、美結ちゃんはそれでいいの?」


「もちろん。2人で幸せになれたら最高でしょ。あ、でももしえーくんがどちらか1人だけを選んじゃった時は恨みっこなしね。そうならないように2人でがんばろっ!」


「わ、わかった。なんだか不思議な感じだけどゆずも頑張る。」


自分でも納得したのかしていないのか分からない。でも美結にそう言ってもらえてなんだか少し心が軽くなった。


「うん、約束ね。それと、泣くときはひとりで泣かないで。自分で自分のこと追い込んじゃうでしょ?だから私を呼んでね。そのかわり私が泣きたくなっちゃった時は柚葉ちゃんにもお話聞いてほしいな。」


そう言ってほほ笑む美結ちゃんを見ているとまた少し泣きそうになってしまった。


「うん、ありがと。そうするね。」


「あ、そうだ、お布団柚葉ちゃんの部屋に持ってきて一緒に寝てもいい?」


「うん、いいよ、私も手伝う。」


こうしてゆずと美結ちゃんは同じ部屋で寝ることになったが、すぐに眠りにつくはずもなく、しばらくの間おにーちゃんの話でもちきりだった。ようやく2人が寝静まったのは、新聞配達のバイクの音が鳴り響く頃だった。

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