第10話 病院と大暴露
「じゃあ俺病院寄っていくから。」
改札を出ると同時に美結にそう告げる。
「そうなんだ、どこか悪いの?」
「いや別に大したことじゃないんだ。でも柚葉に病院行くように強く言われてさ。あいつは心配性なんだよなあ。」
トイレが長いから診てもらうなんて言うときまりが悪いので、当たり障りのない回答でやりすごす。
「そっか、でもそれって柚葉ちゃんが心配性なんじゃなくって、えーくんだから心配するんじゃないかな。大事なおにーちゃんはゆずが守らなくっちゃって。」
「なんだよそれ。じゃあ俺もう行くから。」
「あっ、待って、私もついてってあげよっか。えーくんの妹役として。」
そう言うと、目をキラキラさせながら、
「ほら、どうなの、ねえ。」
と答えを急かしてくる。
「病院行くのに妹に付き添われる兄がどこにいるんだよ。しかもお前妹でもないし、ただの幼なじみだろ。」
そう答えると美結は少し不満げな顔になる。
「そうですよー、私はただの幼なじみですよー。」
なんなんだいったい。
「じゃあ俺ほんとにもう行くから。」
そう言って後ろを向いて歩き出そうとすると、急に袖を引っ張られた。
「いてっ、なんだよ。」
振り返ると美結が顔を少し赤らめながら言った。
「じゃっ、じゃあさ、彼女役で付き添ってあげる。彼女なら彼氏の病院についてっても変じゃないでしょ?」
「分かったよ、そこまでついてきたいなら別に止めないよ。」
しかしそこまでして病院についてきていったいどんなメリットがあるというのだ。
「お前も病院に用事でもあったのか?」
「え?別にないけど。」
ちょっと不機嫌そうに言ってそっぽを向いてしまった。そうかと思えばこっちをちらちら見てくる。美結の挙動が明らかに変だ。
「なんだよ。」
と言いかけたその瞬間、俺の左手に温かくて柔らかい感触が伝わってきた。俺もさっき美結の手は取ったが、あれはナンパから守るためで、それとこれとは別問題だ。
「どっどうしたんだよ。」
「今はかっ、彼女なんだから手くらい繋いでもいいでしょっ。」
顔を真っ赤にして答える。なんだなんだ、前から美結のことは普通に可愛いと思っていたが、こんなに可愛かったか?それに幼なじみだからって、今日はやけに積極的じゃないか。というか、さっきは気づかなかったけど、美結の手って小さくて細くて女の子みたいじゃないか。まあそうか、女の子だもんな、そうだよな。って俺、手汗とかかいてないか、落ち着け、俺、落ち着くんだ。頭の中で何度も呪文のように繰り返す。
「ねえ、えーくん。」
美結が注意して聞いていないと聞き逃しそうな声で口を開いた。
「えーくん、手つなぐの嫌じゃなかった?」
耳まで真っ赤にしながら恥ずかしそうに、そしてどこか不安げな表情でそう聞いてくる。まったく今日の美結はどうしたんだ。だめだ、こんな表情されたらこっちの平常心が保てない。耐えろ、俺、耐えるんだ。何度も自分に言い聞かせ、なんとか平静を装って答える。
「あ、ああ、別に嫌じゃない。ちょっとびっくりしたけど。」
「そっか。」
「おう。」
沈黙…
え?この状況どうなってんの。俺の左側で恥ずかしそうに、でもどこか嬉しそうに手を繋ぐ可愛い幼なじみ。あれ、俺今何してるんだっけ。どこかに向かってたような…てかここどこだっけ。すると突然手をぐいっと引っ張られる。
「えーくん、病院こっち。」
「え?あ、ああ。」
そうだった、病院へ行くところだったんだ。
俺は美結に引っ張られるがまま病院へ。これじゃ俺ほんとに付き添われてるみたいじゃないか。
そうこうしているうちに病院の前までたどり着いた。
「あ、あの、俺恥ずかしいから病院入るときはその…」
「もう、ここまできて何言ってんの!行くよ。」
俺はそのままなすすべもなく病院へ引っ張り込まれる。
「こんにちは。今日はどうされましたか?」
病院へ入るとすぐ受付のお姉さんに声をかけられた。
「あ、えっと、お腹の調子が悪いかもしれなくて。」
それだけ答えるとお姉さんは優しく微笑んで、
「じゃあ診察券と保険証預かりますね。ところで彼女さんは付き添い?」
と言ってきた。
「いっ、いや、あのこいつは彼女とかじゃなくて友達っていうか幼なじみっていうか…」
イタタタ。美結が急につないでいた手を思いきり強く握ってきた。
「はい。私この人の付き添いですっ。」
その様子を見ていたお姉さんはクスっと笑って言った。
「そう、じゃあ待合室で仲良く待っててね。」
ちょっとまて、これは完全にそういう関係だと思われてるよな。そう思ったがこれ以上反論するのも恥ずかしいので、言われた通り待合室の椅子に並んで腰かける。
「なんで彼女否定したのっ!今は私えーくんの彼女でしょっ!」
美結が少し膨れながら小さくも力強い声でささやく。
「わっ悪い、恥ずかしくてつい。」
なんだか美結が俺の彼女なのが当たり前のように言ってくるが、これって俺が謝るようなことなのか疑問だ。そもそも勝手に彼女役をしているだけで、本当に付き合っているわけではないのだから。まあ今の美結にそれを言ったところで通じないだろうから黙っておく。すると突然後ろからバシッと肩を叩かれた。と同時に
「きゃっ!」
と美結からも声が出る。2人の肩を同時に叩いた犯人は、中学の時俺と美結とクラスが一緒で、美結とよく行動していた上山茜だった。
「久しぶり~おふたりさん。ね、戸井くんと美結って付き合ってるんでしょ。さっき手繋いで入ってきたもんね~。いやあ、お熱いねえ。」
どうやらふたりで入ってきたところを見られていたらしい。これは誤解を解くのに苦労しそうだ。
「あっ、しかもさー、美結よかったね。おめでとー。私も嬉しいよー。」
ん?どういうことだ?ふと美結を見るととんでもなく慌てている。
「あ、茜、その、今のこれはちょっと違くて、その…」
「えーもうー、美結照れちゃって可愛いなあー。だって美結さ、中学の時から戸井くんのこと好きだったもんねー。親友の恋が叶って嬉しいよ、ほんと。」
え?ほんとに美結が中学の時から俺のこと好きだったのか?え、うそだろ、普通に幼なじみだと思ってたんだが…いやいや、上山がからかってるだけじゃないのか。もう一度美結を見てみると、手で顔を抑えて小さくうずくまっていた。その小さな手で隠しきれないありとあらゆるところが赤く染まって、今にも爆発しそうになっている。
「そっ、そ、そんな昔のこと知らないっ!ちょっと私トイレっ!」
それだけ言うと大慌てでトイレへ駆け込んでいった。
「てへ、ちょっとからかいすぎちゃったかー。でもあんなに照れちゃって可愛いなあー。ねえ戸井くん。」
上山はそう言って、いたずらっ子が悪さをするときのような顔をする。俺は一応確認のためと上山を問いただす。
「ちょっとからかっただけなんだろ?別に美結が俺のこと好きだったとかほんとはそんなことないんだろ?」
「いやー、たしかにからかったけど、美結が戸井くんのこと好きだったのはほんとだよー。しかもさっきの美結の態度見たら誰だってわかるでしょーよ。幸せにしてやんなさいよー。」
まじか!美結が俺のこと好きだったとは…だからいつも積極的に話しかけてきていたのか、それに今日だって…
「で、でも俺美結のことはこれまで普通の幼なじみだと思ってて、別に今も付き合ってたりするわけじゃなくて…」
「なに言ってんのー。手なんか繋いじゃってるくせに。大学生にもなって彼女じゃない女の子と手なんて繋ぐんですか戸井くんはー。」
「いや、あれはその、なりゆきっていうかなんというか…」
「あーはいはい。別に今付き合ってようが付き合ってまいが私は構わないけど、美結の気持ちも分かったことだし、悲しませないようにしなさいよ。」
急に説教じみたことを言う。とここでさっきのお姉さんが俺を呼んだ。
「戸井さーん、戸井永人さーん、診察室へどうぞ。」
すっかり忘れていたが俺の順番が来たようだ。
「じゃあ私帰るから、頑張んなさいよ。」
そう親指を立てて小さく笑う上山に苦笑いをしながら、俺は診察室へと入っていった。
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