第9話 俺の勇気
今日もいつもと変わらず退屈な授業を乗り切った俺はすぐケータイを確認する。昨日美結と一緒に帰る約束をしたところだから、いきなり美結からのメールを見落とすわけにはいかない。俺にとっても美結と一緒の方が何かと都合がいいので、一緒に帰りたいと思っている。さて美結から連絡は来ているかな。メールの受信欄を開くと、美結から1通届いていた。
「えーくん今日は5限までだよね?駅前のカフェで時間潰してるから、終わったら連絡してね!」
どうやら昨日言っていた通り、本当に俺の授業が終わるまで待ってくれているようだ。ほんとにありがたい。確か学校の最寄り駅から出たすぐのところに比較的広いチェーン店のカフェがあったはずだから、そこで待ってくれているのだろう。
「今授業終わった。すぐそっちに向かうよ。」
とだけ返信して講義室を出る。そのまま正門へ向かって歩いて、売店の前を通り過ぎようとした時、海老天丼半額と書かれたポスターが目に入った。現在の時刻から考えて、お昼時に売れ残ったものだろうが、何を隠そう俺は海老が大好物だ。長い授業を乗り切った後でちょうど小腹が空いていたこともあって、余計に食べたくなってきた。しかもそれが半額で食べられるなんて逃す手はないだろう。美結もカフェで待っていると言っていたので、多少待ってもらう分には構わないだろう。そうと決まると俺は素早く売店に入り、海老天丼を掴んで会計を済ませる。そのまま売店に併設された飲食コーナーの席で海老天丼をかきこむ。このプリプリの海老サクサクの衣、そして甘辛いタレの組み合わせがたまらない。授業で疲れ切った胃袋に染みわたる。
「あーーうまかった。」
思わず声に出してしまうほど夢中で海老天丼を完食した。心地よい満腹感で満たされた俺はそのまま気分よく学校を後にしようとしたが、腹が膨れたせいでトイレに行きたくなっていることに気づいた。
「しまった、食べたら行きたくなるんだよなあ。美結を待たせて悪いけどサッと終わらせてこよう。」
そのままいつもの3倍くらいの速さでトイレを済ませた俺はようやく美結が待つカフェへ歩き始めた。少し待たせすぎてしまったな。美結には海老天丼で言い訳しよう。そんなことを考えながらカフェの手前まで来ると、店の前に数人、おそらく大学生であろうチャラそうな見た目のグループが1人の女の子に絡んでいた。ほんとこういうナンパするようなチャラい奴はどこにでもいるよなあ、などと考えながら通り過ぎようとして、ふと聞き覚えのある声が聞こえた。
「だから待ち合わせしてるので無理ですっ!」
え?美結?ナンパされてるのって、もしかして美結なのか?
「そんなこと言って、さっきから待ってる人来ねーじゃん?俺らと遊ぼうよ。」
「そうそう、そんな奴放っておいて一緒に行こーぜ。」
俺は振り返ってナンパされている子を確認する。間違いない、美結だ。男たちの絡み方はどんどんエスカレートしていて、今にも強引に連れていかれそうな雰囲気だ。美結は大丈夫か。そう思って顔をうかがうと、少しおびえたような目をしていた。それを見た瞬間考えるより先に体が動いた。俺は男たちの間を強引に割り込んでいく。
「あの、すいません。俺この子と約束あるんで。」
「えっ、えーくん。」
「待たせてごめん、ほら行こ。」
俺は美結の手を取って男たちから引き離す。
「ちっ、なんだよほんとに待ち合わせしてたのかよ。」
「あんな地味な奴より俺らと遊ぶ方が絶対楽しいのによお。」
男たちがそんなセリフを後ろから浴びせてきたが俺は無視を決め込んで美結を連れていく。正直俺も怖かった。喧嘩なんてしたことないし、体を鍛えているわけでもない。相手が暴力に訴えてきたら俺では美結を守り切れる自信が無かった。でも幸い男たちが追いかけてくる様子はなく、どうやら美結を助けることに成功したみたいだ。内心ほっとしていると、しばらく歩いたところで美結が口を開いた。
「あ、あの、えーくん。その…ありがと」
「いや、ごめん、美結。俺が待たせたばっかりに、変な奴に絡まれちまって。」
正直俺は美結がナンパされているのを見た瞬間から罪悪感を感じていた。俺が海老天丼なんてのんきに食べてトイレに時間を取られていたせいで美結がこんな目にあってしまったのだ。さっさと合流していればこんなことにはならなかっただろうに。でも美結は顔を紅潮させながら、
「んーん。助けてくれてありがと。えーくんちょっとかっこよかったかも。」
と言ってくれた。それでも俺は申し訳なさが消えずに続けて謝罪する。
「でも怖かっただろ?ほんとに遅くなってごめん。」
「そりゃあちょっと怖かったよ。でもえーくんが助けてくれたから平気。ありがと。」
俺が謝っても美結はむしろ感謝してくれた。それが俺は嬉しくもあったが、このままでは申し訳なさが残ったままだ。どうしたものかと考えて俺はひとつ提案した。
「それじゃあ俺の気が済まないから、なにかお詫びさせてくれ。何がいいかな。」
すると美結は少し考えた後、言いづらそうに髪先を指でくるくるさせ始めた。
「どうした?遠慮しなくていいからなんでも言ってくれ。」
「えーっとね、その…じゃあ今日から毎日電話するとかダメ…かな。」
俺は予想したよりもずいぶん簡単なお願いに拍子抜けしながらも了承の旨を伝える。
「全然いいよ。むしろそんな事でいいのか?」
「うん。それがいいの!じゃあ今日からだからね!」
「分かった。それにしても美結なんか顔赤くないか?」
「そっ、そんなことないもん!」
「いや、赤いと思うぞ。さっきのナンパされたので緊張したからか?」
「そんなんじゃないもんっ!てか赤くないもんっ!」
うーんどう見ても赤いように見えるんだけど、まあ本人がそう言うならそうなのだろう。これ以上は言わないでおこう。ともかく美結を助けることが出来てよかった。もう少し来るのが遅くなっていたらどうなっていたかなんて考えたくもない。とにかく無事でよかった。隣を歩く美結のむっと唇を尖らせた顔を見ながらそう思った。
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