第27話 俺の部屋に布団が3つ
俺の人生の中で3本の指には入ると思われる爽快感とともにトイレを出ると、なにやらほんのり甘い香りが鼻をくすぐった。リビングを覗くと、髪をしっとりと濡らしフワッとしたピンクのパジャマを着た柚葉と美結がソファーでくつろいでいた。おそろいのパジャマなんていつ用意したんだ。女の子らしくてめっちゃ可愛いじゃないか。正直グッときた。ていうか美結はなんで当たり前のように泊まろうとしてるんだよ。まあ俺はちょっと嬉しいから別にいいけど。
「あっ、おにーちゃんやっと出てきた。ゆずたちはもうお風呂済ませたよ。」
「えーくん、お風呂お先ー。」
「ああ、じゃあ俺も入ってくる。」
「はーい。その間にお布団敷いとくね。」
俺は適当に返事をして脱衣所へ。扉を開けた瞬間、ふわーっと部屋中に広がる女の子特有のいい香りが俺の鼻をくすぐった。美結がしょっちゅう家に来ることには慣れつつあるが、これだけはどうも慣れない。美結も柚葉も幼なじみや妹であるという以前に年頃の女の子なのだと意識させられる瞬間だ。毎度のことだがドキッとせずにはいられない。シャンプーもボディーソープもまったく同じものを使っているのにどうしてこうも違うのか。人類最大の謎である。そんなことを考えつつ服を脱いで湯船に浸かる。
「ふうー。」
気持ちよさに思わず声が出る。こうしてゆっくり湯船に浸かるのも数日ぶりだ。やっぱり風呂はこうでなくちゃ。ゆっくりくつろごうと思ったのだが、大きく息を吐いた反動でこれまた大きく息を吸い込むと、なんともいえない甘い香りが再び俺の鼻を襲った。この湯船についさっきまで美結と柚葉が浸かっていたということを嫌でも意識させられる。2人が年頃の女の子であるように、俺も年頃の男の子なのだ。少しくらい変な妄想だってしてしまうものだ。っていかんいかん。早く出よう。長居は危険だ。俺の理性がもたない。素早く髪や体を洗って風呂を出る。脱衣所の鏡に映った俺の顔は少し赤らんでいた。風呂で温もったから血の巡りが良くなったんだろう。うん、そうだ、そうに違いない。多分。手早くパジャマを着て髪が濡れているのもそのままに俺は脱衣所を飛び出した。
「ふー疲れた。」
そう言って自分の部屋に入ろうとしたが、目の前の光景に俺は混乱した。
「あっ、えーくんお風呂早かったね。」
「え、ああ、てか2人とも何してるんだ?」
「なにって、見た通りだよ?」
「いやいや、なんで俺の部屋に布団が3つも?」
「お布団敷いとくねって言ったでしょ?」
「いや、なんで俺の部屋に?」
「一緒に寝るからに決まってるじゃん。」
「マジ?」
「うん。」
たった6畳ほどの部屋に所狭しと敷き詰められた布団に早くも2人は転がっていた。
「いや、それはさすがにまずいだろ。」
「なにがまずいの?」
俺の問いに美結が意地悪な笑みを浮かべて答える。
「なにってそりゃあ…」
「女の子と一緒じゃ緊張しちゃって寝れない?」
「い、いや…」
「変なことしたら許さないからね。」
「しないって!」
まったく勘弁してもらいたい。柚葉はまだしも美結まで一緒に寝るなんて。残り湯に入るだけでも理性を保つのに苦労したっていうのに、隣で寝るなんて俺の頭が崩壊しそうだ。
「ほら、おにーちゃんはこっち!」
柚葉に腕を引っ張られ抵抗する力もなく俺は2人に挟まれる形で真ん中に寝かされた。
「2人とも近いって。俺の布団に侵入しすぎだろ。もっとそっち空いてるだろ!」
「えー、だってここがいいもん。ねー、柚葉ちゃん。」
「うんっ!おにーちゃんの近くがいい。」
「これじゃ布団3つ敷いた意味ないじゃないか。」
「なにー?えーくん照れてるの?顔赤いよー。」
「そういうお前もめっちゃ赤いぞ。」
「えっ、そっ、そんなことないもん!」
美結はそう言って目線をそらす。そっちからからかってきたくせにそんな反応されると逆に俺が恥ずかしいじゃないか。
「ねえ。おにーちゃん。」
「なんだ?」
「あのさ…」
今度は柚葉が手をもじもじさせながら上目遣いでこう言った。
「手つないで。」
「なっ、なんだよいきなり。もう手繋ぐような歳でもないだろ。」
「だって、おにーちゃんいなくて寂しかったんだもん。」
妹が顔を真っ赤にしながら恥ずかしそうにこんなことを言っているのを兄としては無視できるはずがない。
「しょ、しょうがない。」
俺が手を握ってやると柚葉は安心したように微笑んだ。その直後、俺の反対の手にも柔らかい何かがそっと触れた。
「えーくん、私も…」
美結も恥ずかしそうに潤んだ目でこちらを見る。だからそんな顔されたら断れるわけがない。ほんとに女の子ってずるい。
「分かった分かった。握っててやるよ。」
そう言ったものの変に緊張してしまって、どう握ればいいか分からない。おかしい、柚葉の手は普通に握ってやれたのに。俺がぎこちなく美結の手を握ると優しく包み込むように握り返してきた。
「えーくんって手大きいんだね。」
「そうか?普通だと思うけど。」
「ううん、男の子って感じ。安心する。」
「そ、そうか…」
そう言われると嬉しいような恥ずかしいようなでドキッとしてしまった。それにさっきからずっと心臓がうるさい。静まれ、俺の心臓、静まるんだ。
「えーくんっ。」
「っっっっっ!?」
「えーくんの心臓バクバクしてる。えへへ。」
美結が繋いでいる方とは反対の手を突然俺の胸のあたりに置いた。と同時に驚きと恥ずかしさで俺の心臓はより強く早く鼓動し始めた。
「びっ、びっくりさせるなよまったく。」
「えーくんやっぱり緊張してるでしょ。」
「いや、別に…」
「うそだー、ドキドキしてるもん。」
「もういいから手離せって。」
「いいじゃん、私もドキドキしてるし…」
「ばっ、お前何言ってるんだよ。なあ柚葉もなんとか言って…」
そう言って柚葉の方を振り返ると、俺の手をそっと握りながらすやすやと寝息をたてていた。
「って、柚葉寝てる。」
「ほんとだ。」
「起こしちゃ悪いし。俺たちも寝ようか。」
正直まったく寝れる気がしませんが!
「そ、そうだね。おやすみえーくん。」
「ああ、おやすみ。」
とまあ寝る挨拶を交わしたわけだが、左手は柚葉、右手は美結に握られたままだし、2人とも距離近いし、めっちゃいい匂いするし、心臓収まらないし、寝れるわけないだろこれ!ネットカフェ生活で熟睡できてなかったから疲れてるのにこれだと俺の体がもたない。精神ももたないけど。とりあえず明日の講義は休もう。俺は何も悪くない。美結と柚葉が悪いんだ。一緒に寝ようなんて言うから。手なんか繋ぐから。ドキドキしてるなんて言うから。あーーもうっ、可愛すぎだから。だから俺は悪くないんだ。そんなことを考えながらただ時間だけが過ぎていった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます