第28話 俺の答え

どれくらい時間が過ぎただろうか。数十分か数時間か。部屋が暗いところをみると、まだ朝にはなっていないらしい。いつの間にか俺の左手は自由になっていた。


(えーくん、起きてる?)


小声で発した美結の声で、収まりかけていた俺の心臓がまた急激に動き始めた。


(あ、ああ、起きてるぞ。)


動揺しつつもなんとか小声で答える。


(そっか…寝れないの?)


(まあな。お前もか?)


(うん。なんか、ね。えーくんが隣にいると思うと…)


(そ、そうか…)


(うん。)


(実は俺も美結が隣で寝てると思うと、その…)


(そっか。)


(ああ。)


(なんか嬉しい。)


(そ、そうか…)


(うん。…えーくん好き。)


俺の心臓はさらに加速する。


(あのさ、えーくん。)


(なんだ?)


(私、待ってるから。)


(え…?)


(返事、ずっと待ってるからね。)


(あ、ああ。って、ちょっ!)


美結はそう言うと同時に俺の右手を離したかと思うと、横向きに寝ている俺の腰に手を回してきた。そのまま顔を俺の背中にギュッと引っ付ける。


(美結、なにしてるんだよ。)


だが美結はなにも答えない。それに暗くて美結の様子がよく見えず、行動はまったく読めなかった。そして俺の心臓はまるで全力疾走をした後のように脈打ち、コントロールが効かなくなっていた。何か言うべきかとあれこれ考えを巡らせようとするが、冷静な思考などできるはずもなく何も言葉が出てこなかった。


(っっっ!?)


またもや美結がそっと俺の心臓のあたりに手を当てた。


(えーくん大好き。)


もう限界だった。俺の胸はギューっと締め付けられドクンドクンと脈打ち言うことを聞かなかった。ああ、俺は美結のことが好きなんだ。どうしようもなく好きなんだ。俺はこれまで恋愛とは無縁だったから、美結に対する好きの気持ちに自分で気づくことができなかったんだ。いや、どこかで気づいていたのかもしれない。ただその気持ちをどうしていいか分からず隠していただけなのかもしれない。でも美結が気づかせてくれた。この気持ちの正体を。俺はずっと美結のことが好きだったんだ。好きだ、美結。大好きだ。気づいたら俺は美結を抱きしめていた。


「美結、好きだ。」


「え、えーくん…」


「美結、俺と付き合ってくれ。」


「で、でも…」


そう言った美結の目線の先を振り返ると、柚葉が俺たちの声に気づいて起き上がっていた。


「そっか…おめでと。」


暗くて柚葉の表情はよく見えなかった。


「美結ちゃん、ゆずのことは気にしないで。おにーちゃんをよろしくね。」


「柚葉ちゃん…」


「悪い、柚葉。」


「だから気にしないでっ!そもそもゆずは妹なんだし、美結ちゃんとおにーちゃんが付き合うのはゆずも嬉しいから。」


柚葉の言葉を聞いて俺は決意した。ここでしっかりとけじめをつけておこうと。また曖昧なままで引きずってしまうと俺自身のためにもならないし、なにより柚葉を傷つけてしまうかもしれない。俺はふうーっと息を吐いて気持ちを整理してから口を開いた。


「柚葉、この際だからちゃんと話す。俺は美結のことが好きだ。でも正直、柚葉のことも、妹じゃなければ好きになってたと思う。料理もできて洗濯もできて面倒見が良くて、それでいて可愛いなんてほんと俺の妹にはもったいないくらいだ。でも柚葉、お前は俺の妹だ。だから付き合うとかそういうのはできない。でもこれからも俺の妹として傍にいてほしい。ほんとに勝手だけどお願いできるか?」


俺の言葉を聞いてしばらく黙っていた柚葉だったが、ついに口を開いた。


「はあ、おにーちゃんはほんとしょうがないなあ。柚葉は今までもこれからもおにーちゃんの妹だよ。」


正直、柚葉を傷つけてしまったんじゃないかとヒヤヒヤしていたので、そういう答えが聞けて心底ほっとした。


「ありがとう、柚葉。それと、柚葉の気持ちにこたえられないダメなおにーちゃんでほんとにすまん。」


「もういいってば。あーなんかすっきりした。ゆずは自分の気持ち全部おにーちゃんにぶつけたし、おにーちゃんも正直に全部話してくれた。それで十分。おにーちゃんがゆずのおにーちゃんでよかったっ!」


「ああ、俺も柚葉が俺の妹でよかったよ。」


「で、おにーちゃん、まだやることあるでしょ。」


「ああ。ありがとな、柚葉。じゃあ美結。仕切りなおしてもう1回聞いてくれ。俺は美結のことが好きだ。正直さっきもドキドキして全然寝れなかった。美結、俺と付き合ってくれ。」


俺は下を向いて右手を美結の方へ差し出す。その手を美結は優しく受け止めた。そこへポツッ、ポツッと小さな雫が落ちてきた。俺が顔を上げると、美結は口元を抑えて涙を流していた。顔は紅潮し、淡いピンク色の唇は小さく震え、溢れ出る涙を抑えきれない様子だった。


「美結っ!」


考える間もなく俺は美結を抱きしめた。思わず俺までもらい泣きしてしまいそうだった。しばらく抱きしめていると美結も落ち着きを取り戻し、これまで見たこともないほどのとびきりの笑顔でこう答えた。


「ありがとう、えーくん。よろしくお願いしますっ!」


その時の美結は今までにないくらいに最高に可愛かった。こうして俺と美結は付き合うことになった。部屋の外ではいつの間にかまぶしい朝日が顔を出し始めていた。



さて、戸井永人が美結を抱きしめて好きだと言った時、彼ら3人は自分たちのことに必死で、部屋の扉の前で聞き耳を立てていた人の気配にまったく気が付かなかった。その人影は3人のやりとりを最後まで聞き届けた後、静かにこう呟いた。


「永人と美結ちゃんが付き合うなんて、面白いじゃない。でも永人と柚葉も結婚しようと思えばできちゃうのよね。まだ黙っておくべきかしらね。ふふふ。」

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