第30話 手、つなご?

大学の講義が終わり、いつものように正門前で待機する。ここ1週間、いや、それよりもう少し前からの俺のルーティーンだ。今日のように講義室から解放されるのが俺の方が早い場合はこうして美結を待つ。反対に美結の方が早い場合もこうして俺を待ってくれている。しかしこのなんとも言えないドキドキ感にはまだ慣れない。特に何をするでもなくケータイの画面をいじって、いまかいまかと美結を待つ。指はケータイの画面上で動いているが、意識は遠く向こうの方だ。たまに、こんなページいつ開けたっけと思うような閲覧履歴が残っていたりする。視線はケータイを見たり、美結の通う学部の建物の方を見たり。かと言って見すぎるのもどうかと思うのですぐケータイに視線を戻す。でもまた気になって美結が来ていないか確かめる。要するに、俺は美結を待つ間ずっとソワソワしているのだ。まるで初めて彼女が出来た高校生みたいな反応じゃないか。ピュアか俺。まあ初めての彼女っていうところは間違ってないんだけど。


「えーくんお待たせっ。」


「ああ、大丈夫。」


あーまったく、大丈夫なんて言ったら待っていたのを肯定しているのと同じじゃないか。もっとこう良い返しがあるだろう。そう、あれだ。俺も今来たところだから、だ。今度は絶対使おう。1回は言ってみたかったんだよな。ちょっと恥ずかしいけど。


「帰ろっか。」


「お、おう。」


美結の声で我に返り、2人並んで駅へと歩き出す。


—沈黙。


やばい、付き合ってから変に意識してしまっていつも通りに話せない。いつもはちゃんと見てなかったけど、いざ意識して見てみると美結ほんとに可愛いし。これで気にせず話せっていう方が無理だよな。でも今日こそはもっと話したい。もういい加減手だって繋ぎたい。あーでもなぁ。くっそー誰か勇気を分けてくれー。


「あ、あの、えーくん…」


「ど、どうした?」


「手、つなご?」


「え、あ、おう。」


美結すごいな。俺がこの1週間かかっても出来なかったことをこうもあっさりとしてしまうなんて。というか、うわ、嬉し!なんだこれ!これだけで泣けてきそう。俺は差し出された美結のひと回り小さな手をそっと握る。自分でもかなりぎこちない動きなのは分かっていたが、女の子と、それも彼女と手を繋ぐなんて生まれて初めての経験なのだ。あ、そんなことなかったか。この前美結が病院について来た時に彼女役だからとか言って手を握ってきたっけ。でも本当の彼女としては初めてなのだから、少しのぎこちなさくらい大目に見てほしい。よし、ここまできたらこっちのもんだ。今朝柚葉にしてもらった恋人つなぎしてやるぞ。そう心に決めて俺は美結の女の子らしい優しい手を繋ぎなおす。


「えーくん…」


「あの…自分でしておいて言うのもなんだけど、なんか恥ずかしいな。」


「ふふ。えーくんが恋人つなぎしてくれるなんて。ちょっと意外。」


「そ、そうか?」


「うん。嬉しい。」


美結はそう言って俺に最高の笑顔をくれた。ああ、これがリア充ってやつなのか。なんだこれ、最高すぎだろ。もういつ死んでもいい、思い残すことなんてない。


「えーくんも嬉しい?」


美結はさらに俺の幸福感に拍車をかけてきた。


「う、嬉しいよ。実はずっと手繋ぎたかったから。」


嬉しすぎて俺かなり恥ずかしいこと言ってない?大丈夫?自爆だけはやめろよ俺?


「そうだったの!?じ、実は私も繋ぎたかったんだけどタイミングが分からなくって…」


「そ、そうか。同じこと考えてたんだな。」


「そうだね。えへへ。」


あーもう死ねる。体が溶けそうだ。世のリア充たちはこんなのにずっと耐えているのか、すごすぎだろ。俺には耐えられる自信がない。結局俺たちは電車に乗っている時も、家までの道を歩く時もその手を離さなかった。


「じゃあね、えーくん。」


「おう、また明日。」


家の近くの交差点で美結と別れた。明日すぐ会えると分かっているのに寂しく感じる。それにしても、ただ手を繋いで帰ってきただけなのに頭がふわふわする。もしこれ以上のことがあったとしたら俺はどうなってしまうんだろうか。そんなことを考えて悶々としながら家路についた。この時俺は美結のことで頭がいっぱいで、いくつか問題を抱えていることをすっかり忘れてしまっていた。

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