第19話 映画館と役得

「ねえ、せっかくだしみんなで映画観に行かない?」


朝飯を食べている時に美結がそう提案した。そこで柚葉がすぐにケータイで目ぼしい作品と近くの映画館の上映スケジュールを検索する。ただ運悪く、柚葉の気に入った作品は朝と夜の計2回しか上映が無く、さらに朝の方はかなり時間が迫っていた。


「あっ、この映画9時40分上映だって。やばいよ、急がないと間に合わないよ。」


リビングの時計の針はもうすでに9時をまわったところだった。


「でも俺今からトイレ行きたいんだけど。」


「ダメー!おにーちゃんのトイレ待ってたら本当に間に合わないもん。映画観終わってから行けばいいでしょっ。」


正直朝のトイレに行けないというのはかなりつらい。ずっとスッキリしない感覚に付きまとわれることになる。


「じゃあ先に柚葉と美結で観に行ったらどうだ?俺は後から合流するからさ。」


そう提案したが美結にあっさりと却下される。


「ダメだよ、えーくん。今日はずっと一緒にいるんだから。」


「そ、そうだよ、おにーちゃん。おにーちゃんがいなかったら意味ないじゃん。」


どうしてそこまでこだわるのかよく分からないが、まあ仕方ない。そこまで言われるとこれはもう我慢して行くしかない。そう腹をくくった。


「ごちそうさま。食器は後で洗うから水に浸けといてね。ほら、早く行くよっ!」


そう言って急かしてくる。その早さで用意をしていればそもそも学校にも遅れずに行けたと思うのだが。まあ機嫌を損ねるのも嫌なのであえて言わないでおく。その後、なんだかんだで柚葉が先導し、無事上映が始まる前に駅前の映画館へたどり着いた。


「えーっと、俺達の席は、Fの9、10、11…あった、ここだ。」


俺が1番右側の11番の席へ座ろうとすると、2人にぐいっと腕を引っ張られた。


「えーくんは真ん中っ!」


「ええ?どこでもいいだろ。」


「ダメっ!おにーちゃんは絶対真ん中っ!」


2人ともそんなに端に座りたいのか?まあ別に俺はどこでもいいけど。


「分かったからあんまり騒ぐなよ。」


そう言って素直に真ん中の10番の席へ腰かけた。それと同時に俺の右側には美結、左側に柚葉という並びで座った。すると美結が、売店で買ったポップコーンが入ったカップをボンッと俺の膝の上に置いた。


「なんで俺が持つんだよ。」


「そりゃあ真ん中の人が持ってた方がみんな取りやすくていいでしょっ。」


そういうことか。だから俺が真ん中なんだな。面倒な役は俺にやらせとけって寸法か。


「俺を真ん中に座らせた理由が分かったよ。」


そう言うと柚葉が呆れた顔をつくって、


「おにーちゃんってほんとバカ。」


と言ってきた。なんだよ意味が分からん。


「そうだよねえ、えーくんってほんとバカ。」


美結までそう言い始めた。なんだよ、俺何もしてないのに。


「もうちょっとえーくんが賢かったら苦労しないのにね、柚葉ちゃん。」


「ほんとだよ~。でもまあそれはそれで困るのかもしれないけど。」


「そうかもね。」


そう言って2人してクスクスと笑い出す。なんなんだいったい。そうこうしているうちに照明が暗くなり、館内がシーンと静まった。もとより平日の朝から映画を見に来る人はほとんどいないので、かなり閑散としているのだが。上映が始まると2人とも真剣にスクリーンを見つめていた。この映画は若者向けの恋愛がメインのストーリーらしいのだが、若干のホラー要素も含んでいるとさっき入り口で見たポスターに書いてあった。恋愛とホラーの組み合わせっていかがなものなんだろうかと考えつつポップコーンを口へ放り込む。映画も終盤に差し掛かったころ、ようやくそのホラーの要素がお目見えした。死んだはずの主人公の元カノが化けて出て、主人公と今の彼女に襲い掛かるというシーンだ。暗い夜道の隅に置いてある黒ずんだゴミ箱の蓋がカタカタ、カタカタと小刻みに震える。主人公たちはそれに気づかず歩いていく。ゴミ箱に近づく。その前を通り過ぎようとしたその時、恐ろしい音楽とともにバーンっと幽霊が飛び出した。その瞬間。


「ひゃうっ」


と変な声が聞こえたかと思うと同時に俺の両腕に何かがしがみついた。


「こ、こわい…えーくん」


「おにーちゃん…」


美結と柚葉が両側から俺の腕に抱きついていた。それに2人ともかすかに震えている。


「大丈夫、大丈夫。」


そっと声をかけてやる。だがスクリーン上では幽霊がさらに追い打ちをかけるように主人公に飛び掛かる。と同時に2人の抱きつく強さがよりいっそう強くなる。

やっぱり柚葉も美結も女の子だな。おびえているところをこんな風に思うのはあまりよろしくないかもしれないが、素直に可愛い反応だなと思ってしまった。そのシーンが終わった後は2人とも震えは収まったのだが、結局最後まで俺の手を離すことはなかった。ポップコーンを持たされたのはともかく、2人に抱きつかれることになるとは真ん中の席でラッキーだった。うっすら涙を浮かべている2人の顔を交互に眺めながらそう思った。

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