第24話 溢れ出す感情
「ただいまー。」
俺が家に帰っていつも通りキッチンにいるはずの柚葉に向かって声をかけたが反応がない。あれ、まだ帰ってないのか?そう思い、玄関を振り返ったが、柚葉の靴はちゃんとそこにある。トイレでも入ってるのか?いやいや、俺じゃあるまいしなあ。自分の部屋にでもいるんだろう。ということは、晩飯はもうできて…ない。おかしい。いつも俺が帰るころには大方出来上がっているというのに。俺は柚葉が気になって部屋を確認しに行った。
「おーい、柚葉いるのか?」
…返事はない。寝てるのか?これは入って確認するしかない。
「入るぞー。」
そうつぶやいて静かに扉を開こうとした、が、強い力で押し戻されてしまった。
「柚葉?何してんだ。」
「いつゆずが入っていいって言ったの?」
ようやく返答が来たかと思えばその声はやけに刺々しかった。
「いや、お前が何も言わないから寝てるのかと思って。」
「寝てない。それと、今ゆず怒ってるから。」
「朝トイレ占領してたのは悪かったよ。」
「それもだけどそれじゃない。」
…?
柚葉が怒ってる理由なんて俺にはそれくらいしか心当たりがないんだけど。
「美結ちゃんから聞いたよ。今日のお昼休み、美結ちゃんを差し置いて綺麗なお姉さんと一緒にご飯食べてたんだって?」
女の子というのは恐ろしいもので、何かあるとすぐに情報を共有して束になって襲い掛かってくる。美結と柚葉もその例外ではなかったらしい。そもそも完全に誤解なんだけど。
「断じて違う。俺は隣の席を使っていいかと聞かれたからどうぞって答えただけだ。それは美結にも説明した。」
「でも美結ちゃんは納得してない。」
そう言われればそうなのだろうが、これ以上何を言えば納得してくれるというのか。そういえばどこかの学者がこんなことを言っていた気がする。『無いことを証明するのは、あることを証明するよりもはるかに難しい』と。何もやましいことなど無いし、あのお姉さんが隣に座るのを許可したのは俺に断る勇気とコミュニケーション力が無かった故の結果だ。それに他意などあるはずもない。でもそれらは「ないこと」だ。証明などしようがない。信じてもらうしかないのだ。
「ほんとに2人が考えてるようなことは何もないし、俺は美結を待ってる時にたまたま声を掛けられただけだ。それ以上でもそれ以下でもない。」
分かってもらおうと誠意をもって伝えたつもりだったが、柚葉からは冷たい反応が返ってきただけだった。
「そんなに必死に否定するなんて、やっぱりおにーちゃんやましいことがあるんじゃない。美結ちゃん傷ついてたよ。ゆずもそんなおにーちゃんは嫌い。」
俺はそれを聞いて、分かってもらえない虚しさや悲しさよりも、大きな怒りが込み上げてきた。だめだ、抑えろ。抑えるんだ。落ち着け落ち着け。
「おにーちゃん晩ご飯抜きね。そんなおにーちゃんにゆずの料理食べてほしくない。」
そのひとことで我慢していたものが抑えられなくなって攻撃的な言葉が決壊したダムのように次々と飛び出した。
「なんで俺がそんなこと言われなきゃならないんだ!なんにもないって言っただろうが!なんで信じてくれない!勝手な想像ばっかりしやがって!あーもういい。お前も美結もどっかいっちまえ。もううんざりだ。こんな家出てってやる。」
…やっちまった。2人にそんなに信頼されてなかったのかと思うと悔しくて悔しくて、それが怒りになって柚葉にあたってしまった。俺は最低だ。しばらくは家にも帰れないし2人にも会えないな。しかしなんであんなに感情的になってしまったんだろう。いつもの俺なら柚葉にちょっと愚痴られたって軽くあしらえるのに。この時はまだ自分自身のこの気持ちの正体に気づくことができなかった。
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