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ご飯をたらふくご馳走になったうえに

お風呂までいただくのは、

なんとも図々しいと思ったが、

体が冷えて震えている今、その言葉に甘えるほかなかった。



「すみません。いただきます。」

「ええ、ええ、どうぞどうぞ!服はこちらで用意しますから…。」


女性に案内されてお風呂に向かう。





脱衣場で服を脱ぎ折れ戸をひらけば、

檜風呂から良い匂いと共に湯気が立ち込めていた。


体を洗ってざぶんと浸かれば、なみなみと沸かされた湯があふれて流れていく。



足を伸ばしても余裕がある広さで、

ぷかりと浮力に身を任せたり、

子供のようにバタ足をして水面を蹴って、

思う存分お風呂を満喫した。



雨によって冷え切った体は、すっかり芯まで温まった。






風呂から出て、用意して頂いた服に手を伸ばし、めくった。


下着がない。


自分が着てきたものを着ようと探すが、靴下一足も見当たらなかった。



柔らかな生地のTシャツとズボンに身を包み、通気の良さにむずがゆさを感じながら居間へと向かう。



中で夫婦がお話をしていたので、すみませんと言ってから襖を開けた。



「すみません。ありがとうございました。あの、もともと着てきた服が見当たらないのですが。」

「ああ、洗濯させて頂こうと思って預かりました。明日には乾きますから。」

「明日?」

「この雨はきっと明日まで止みませんから、どうか泊っていってくださいな。」



そこまでお世話になるには、と思ったが、このまま服を預けたまま帰るわけにはいかないので泊っていくことにした。



「ああ、そうだ。」


と女性が両手を合わせた。


「お疲れのところ申し訳ないのだけど、私たちの村ではね、困っている方がいらしたら、こうして代表の者がもてなした後、夜に村人全員で宴を催して歓迎するんです。

良かったら、参加してくださらないかしら?もう皆さん、外でお待ちなの。」

「え!?雨なのに外で?ゆっくりお風呂に入ってしまって申し訳ないです。」

「良いんですよ!宴は私たちの気持ちですから。さ、ご案内しますね。」



玄関から外に出る時に、女性に傘に入れてもらいその宴の会場へと向かった。


「あれ、そういえば、傘をお持ちだったのですね。迎えに来てくださった時は持っていらっしゃらなかったから。」


と言うと、女性は「あー。」と低い声で言って。


「少し慌ててしまって忘れていました。」


と短く言った。




連れていかれたのは、庭にある蔵の前。



その蔵の周りを、恐らく村人達が手にライトを持って囲んでいた。



「ささ、濡れて滑りやすくなっていますから、どうぞお気をつけて。」



と石段を上がり、蔵の入り口の前に立つ。




蔵の入り口の左手には、少女が立っていて、火のついた蝋燭が入れられたランタンを手渡してきた。



「どうぞお持ちください。蔵の中は電気が通っていなくて暗いので。もう村の者は中にいて、ご馳走とお酒を準備して待っていますから。どうぞお入りください。」



少女が扉を開いた。



「あの、皆さんは?」

「お客様より先に入るわけにはいきませんから。」



女性はにっこりと笑った。



蔵の中は本当に真っ暗で、ランタンを掲げても30センチ先しか見えない。



不安を感じつつ、その中へと歩みを進めた。



完全に体が蔵の中に入ると、バタンと扉が閉められて、閂を差し込む重々しい音がした。



これじゃあまるで、閉じ込められたみたいだ。



「あ、あの、すみません!?」


扉を叩くが、外から反応は返ってこない。





ぅふー…ふー…





蔵の奥から、何かの息遣いが聞こえる。



恐る恐るランタンを掲げて、側にランタンを置く台を見つけて置いた。



ランタンの台に置くと、蔵の中に配置された複数の鏡に光が反射して、内部を照らした。



「…!?」



光に照らされ、蔵の中がはっきりと見えた時、奥にいるモノが見えてしまった。



それは、蔵の天井まで頭がつきそうなほど大きな、人型のなにか。



真っ白い蝋のような肌に、ぶよぶよに膨れきった体で、体毛はまつ毛一本もない。



顔の3分の1を占めるサメのような大きな目は、白目を剥いて細かな血管が走っている。



指をがじがじとかじる口からは、だらりと涎が垂れている。




「ひいっ!」



と後ずさりして、足元に何かが当たった。


見ればそこに、いくつもの人間の頭蓋骨が転がっていた。


ぷんと悪臭が鼻に入り込んでくる。




硬直する体が何かによって締め上げられた。


「ふぐう!」


見れば、白いそいつが手を伸ばして自分の体を掴んでいたのである。


「だ、誰か助けて!」


叫び声が蔵の中にむなしく響く。


そいつな爪先で靴を脱がせて、ズボンの裾を引きちぎった。


露になった足を眺めて、口を開き、ごぼっと涎を零した。


開いた口には、黄ばんで汚れた歯がずらっと並んでいる。



「い、いやだ!やめ…!」


そいつは黙って首を伸ばし、足を歯で挟んでそのまま食いちぎった。


「あああああああああ!」


身じろぐが、唇がしっかりと足を咥えこんで離さない。


傷口を舌でぐりぐりと舐められる。


痺れるような継続する痛みに白目を剥いて涙を流した。


そいつは容赦なく膝まで咥えこみ、また、上下の歯を当てがう。


「や、やめやめてやめて…ぐあ…!」


声が出ないほどの痛みに全身を震わせる。



出血が相当らしい。


意識が徐々に遠のいていく。



視界がぼんやりとする中、蔵の外から老若男女の入り混じった歌声が微かに聞こえてきた。




へーらーせへーらーせ…

のこりしもーのがまことなり…




最後に目に映ったのは、大きく口を開け、腰に歯を当てこちらを見る、そいつのサメのような目だった。






【END 蟲毒】

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