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それは海藻だった。


水中に漂う真っ黒な海藻は、濡れてとろりとした光沢を放っている。


沖からずっと伸びてこの足首に絡まってしまったようだ。

遠くには、海藻の塊であろう、黒くもやもやとしたものが見える。



(ワカメか…いや、違うな。かなり細い…海藻じゃなくて縄か?)


ワカメかと思ったが、違う。


足首を締め付けるのは、細いものが縄状に結われたもののように感じる。


何かと思ってじっと見れば、足首を締め付ける縄から細い糸のようなものが1本ほぐれて、足の甲にさっと触れた。


その感触に全身の毛が逆立った。



(こ、この感じ…!髪の毛だ!)



ばっと顔を上げて見れば、遠くにいたはずの黒い塊がいつの間にやら浅瀬まで近づいてきていた。


(ま、まずい!出なきゃ!)


慌てて足を外そうとするが、髪ががっしりと絡みついて足を海から出すことが出来ない。


もがいているうちにその塊はどんどん近づいてきて、もう目と鼻の先にいる。


その塊は、足先から這ってずずずっと海面から姿を現した。

それは自分と同じぐらいの背丈の人間。


体にはべったりと長い髪が貼り付いている。

髪の分け目から、焦点の合わない目と血の気の失せた唇が見える。


何かをぶつぶつ言いながらにじり寄り、眼前まで来たそれは、ぐあっと唇を開き生臭い息を吐きながら言った。


「わたしだって…しあわせになりたかったわよ…。」


爪の剥がれた手をこちらに向かってすーっと伸ばしてくる。


「うわああああああ!」


声を上げて足をバタつかせ、靴も履かずに階段を駆け上がり、家へと向かった。





この日の出来事を境に海にはいかなくなった。


が、家にいると時々、どこからともなくあの人間の口から出た生臭い磯の臭いがすることがある。



【END 絡みつく海藻】


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