24



まあ、いつでも来れる場所だ。



くたびれた服で何も持たずお参りするよりは、日を改めて、きちんとした身なりでお賽銭を持ちお参りした方がいいだろう。



鳥居の前で会釈し回れ右をして、来た道を戻った。





ポツ…ポツ…




頭に数滴、水が落ちてきた。




(げっ…雨だ。あんなに晴れていたのに。)




雨はあっという間に勢いを増して本降りとなり、ザーッと体に叩きつけてきた。



泥を跳ね上げながら、脱兎のように走る。



服は濡れて体にはりつき、髪からはぼたぼたと水が垂れてくる。



ぬかるんだ地面に足をとられて、体力が余計に削られてしまい、すぐに息切れを起こした。




(どこか、雨宿り出来る場所はないか…。)



ふと右側に背の高い草で出来たトンネルがあるのを見つけた。



イノシシなどの獣が歩いた時に出来た獣道であろう。


丁度人が入れるくらいの大きさでぼっかり口を開けている。



(しばらく雨宿りしよう。)



そのトンネルへと入った。




草が密集して生えているせいか、土砂降りの雨を多少は防ぐことが出来た。



隙間からたまに水滴が通り抜けてくるが、至って快適である。



体が濡れて、体温が下がってきた。

長くここに留まるのは危険だ。



頭がぼんやりとしてくる。




そこへ、また、あの歌が聞こえてきた。



「へーらーせ、へーらーせ。

のこりしもーのがまことなり。」



偶然か否か、雨の勢いが増してきた。



歌声はどんどん近づいてくる。

声のする方を見ると、遠くから人がこちらへ向かってくるのが見えた。



ざっざっと草を踏みしめながら、歌を歌って近寄ってくるその人に、足がすくむ。



普通じゃない。


そう思った。




近寄ってきて、その人の姿がはっきりとしてきた。


背が低くふくよかな体型をした、50代ぐらいの女性。


苔色のワンピースを身にまとっている。


彼女は自分の前まで来ると立ち止まり、こちらを見上げてにっこりと笑った。



「突然の雨でお困りですか?」

「え、ええ。」



突然の質問に戸惑いつつ答える。



「ああ、でしたら、私たちの村にいらして雨宿りをしていかれたらどうでしょう。」

「え?」



村?山の中に村があるなんて聞いたことはない。


見知らぬ人に見知らぬ村へ連れていかれることに警戒心を覚え、眉をひそめる。


女性はにっこりと笑った。


「お気持ち分かります。ですが、いつまでもここにいて雨に打たれてはお身体に障りますよ。」


女性の言うように、冷え切った体は震え始めていた。


彼女はそっと手を握ってくれた。

その温かな手に気持ちがほぐれていく。


いつもなら断るところだが、今日のところはお言葉に甘えることにした。




先導する女性の後ろをついて歩く。


ふと気になったことを尋ねた。



「どうして、助けてくれるのですか?」

「ああ、それはですね、村に住んでいる者の役割と言いますか…。

ほら、山道は整備されていてきれいでしょ?

あなたのように軽装で山に入って、

突然の雨で体調を崩したり遭難された方が、

村の入り口によくいらっしゃるんです。」

「そうなのですね。」

「そういう方があまりにも多いものですから、雨が降る日にはこうして入口に困っている人がいないか見に来るんですよ。」



女性はそう言いながら笑顔を見せた。



「そう、なのですね。…あの、さっきの歌は?」

「え?ああ。村に伝わる歌で、お客様をお迎えする時に歌う歓迎の歌なんですよ。…ああ、話しているうちに着きましたよ。」



草のトンネルを抜ければ、立派な古民家が立ちならぶ村が現れた。




「ここが私の家です。」




案内されたのは、どこよりも立派で、庭に大きな蔵のある家。



「ささっ。上がってください。」



土間から上がり框をのぼり、廊下を歩いて天井の高い居間に通された。



そこには恰幅かっぷくの良い男性が1人、胡坐をかいていた。



男性はこちらを見てにっこりと笑う。



「この方は…。」

「私の夫です。」

「やあ、よくいらっしゃいました。突然の雨で困ったことでしょう。さあさ、どうぞ、ゆっくりしていってください。」

「今、ご飯を持ってきますからね。」

「え、えっと…。」

「そんな委縮なさらないでください。ささっ!座って座って…。」


促されるまま男性の隣に座る。


話がうまく、笑い声も豪快でついついつられて笑っているうちに緊張が解け、心がじんわりと温まってきた。


会話に花を咲かせていると、女性が山もりの白飯と具なしの温かい汁、つくだ煮が乗っているお盆を持ってきた。



「さあ、沢山召し上がってくださいね。」

「私たちはもう食べましたから。遠慮せずに。」

「い、良いんですか。すみません。いただきます。」



質素だが温かな食事によって、雨で冷えた体が温まっていく。


薄味だがバランスのいい味付けで、量は多かったが完食してしまった。



「ああ、そうそう。」


女性が言った。


「お風呂を沸かしたので、ぜひ入って行ってください。着替えも用意しておきますから。」

「え、お風呂まで?なら…。」


お願いしますと言いかけて、口をつぐむ。



ご飯だけでなく、お風呂までいただくなんて、図々しすぎやしないだろうか。


お腹が満たされたおかげで大分満足している。


ただ、せっかくの厚意を断るのも…。




Aお風呂に入る→13

Bお風呂を断る→26


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