10




時は、江戸時代までさかのぼる。



この山の中に村があった。


水が豊富で、農耕が盛んであり、皆幸せに暮らしていた。



しかし、ある年になると、突然作物がとれなくなった。


雨が降りすぎて根腐れしてしまうのだ。



これを、神様の怒りだと考えた村人達は、純真無垢な子供を生贄としてささげることでご機嫌を直してもらおうと思いいたった。



目をつけられたのは、その村のはずれに住んでいる、若い女が女手一つで育てている子供。



彼女が留守の間に子供を攫った村人達は、その子を生贄にささげようと蔵に閉じ込めて隠した。



村人達が奪ったとはつゆ知らず、女は物知りな老婆の元へ救いを求めた。



何を隠そう、この老婆こそが、生贄を提案したのである。


老婆は、子供がいなくなったと泣く若い女も生贄に捧げようと、こんな嘘を教えた。




“子供はこの山にある白蛇神社に祀られた神様によって神隠しに遭ってしまったのだ。

きっと本殿の中に隠されてしまっている。普段は閉じられた本殿だが、唯一、秘密の入り口から入ることが出来る。今から教える歌を大声で歌いながら、壁をこのへらで削るんだよ。”



といって老婆は金属の箆を渡し、歌を教えた。


その歌とは、

“箆せ箆せ、残りしものが真なり”。


女がどういう意味かと尋ねると、老婆は“箆で削っていけば、秘密の入り口である真の扉が外れるという意味だ。”と教えた。



さて、それを聞いた女は、愛する子供のためにと、誰もいない深夜に神社に忍び込んで、本殿に向かい、もらった金属の箆で壁を叩いた。



大きな声で歌を歌い、子供を返してと願いながら、誰も中にはいない本殿を箆で打ち付ける。


ノミであったら、簡単に木を削れたかもしれない。


ただ、女が手にしているのは箆。


削ろうには、強く打ち付けて引かねばいけない。


がっがっという音と女の歌声が、静かな夜の山に響く。



側にある村に歌声が聞こえてきた。



何事かと家から出てきた村中の者達に、松明を持った老婆が駆け寄り、

“悪霊に憑りつかれた女が神社で悪さをしている。あいつを殺さなければ神の怒りは鎮まらない。”と言いふらし、

空腹と睡眠を邪魔されたことで怒る村人達の手に各々武器を持たせて、神社へ向かった。



そんなことが起きていると知らない女は本殿の壁を箆で打って、必死に子供を救おうとする。



その背後に迫った男が、手に持った棒を振り上げて頭を殴りつけた。



気を失った女に、村人たちは飛び掛かって、とうとう殺してしまった。



老婆はこの女を生贄に捧げようと提案したが、神に危害を加えるものを生贄には捧げられないと、村人達は遺体を神社から遠く離れた場所に捨てて野ざらしにした。








話し終えた神主は、眉間にしわを寄せながら言う。


「この話は、私が幼い頃、祖父に聞かされた話です。

ただの残酷な御伽噺だと思っていましたが、どうやら本当だったのですね。

映像に写った女を見て、話に出てくる母親だと直感で気づきました。

人間の犯した罪は、人間にしか償えませんから、神様も女を追い払うことは出来ません。

本殿が傷ついていたのは、今もなお、母親が子供を助けようとしているからなのでしょう。」



女手一つで必死に育てた可愛い我が子を攫われた女性の悲しみを思うと、目頭が熱くなる。


自分が本殿にいる時聞こえた女の声は、消え入りそうな掠れた声であった。

もしかしたら、泣いていたのかもしれない。





「今から彼女のためにご祈祷を捧げ、貴方のお祓いもさせて頂きます。よろしいですかな?」



神主の言葉に、「はい。」と言って頷いた。




彼はくるっと振り向き、祝詞を上げ始める。



お祓いをされている最中、俯きながら、心の中で彼女が子供に会えますようにと強く願った。







儀式が終わり、神主にお礼を言った。


「いえいえ、お礼を言うのはこちらの方です。これで何もなければいいのですが。」


そこまで真顔で言って、神主はいたずらに笑った。



「実は昔、どっかの悪い子供が、境内で遊んでましてな。最初はその子達の仕業だと思っていたんですよ。」

「え、あ、そんなことしませんよ!かくれんぼをしただけです!…あ。」


神主は顔をしわくちゃにして笑った。


「随分立派な大人になりましたな。」


そう言って、肩をぽんぽんと叩いてくれた。


なんだか気恥ずかしくなって顔が赤くなる。





拝殿から出て、お参りをしていなかったことを思い出した。


財布から謝罪の意味を込めて1000円取り出し、賽銭箱に入れる。




二礼二拍手を済ましてお祈りした。


(昨日はお賽銭を忘れてすみませんでした。そして、守ってくださりありがとうございました。)



深く頭を下げて振り向き、目を見開いた。



神社の真ん中で、白い光に包まれた美しい女性が立っていた。

彼女の元に5歳ぐらいの子が走って抱き着く。

その子を抱きかかえ微笑んで、彼女はそのままふっと消えてしまった。









最近、神社に定期的にお参りするようにしている。

お参りするようになって3カ月経ったとき、神主が近寄ってきてこう言った。



「あれから不思議なことに、本殿に傷がつくことが無くなったんですよ。」

「そうですか。きっと、子供に会えたのかもしれませんね。」



そう言って空を仰いだ。



真っ青な空に、白く輝く太陽があって、神社を優しく照らしていた。





【真END 永久に共に】


あとがき→14

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