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翌朝、今度は財布を持ち、身なりを整えて、もう一度白蛇神社の元に向かった。



石の鳥居の前で立ち止まり、神社を眺める。


白装束を身にまとい、

水色の馬乗袴を履いた30代ぐらいの男性が、

竹箒で掃き掃除をしていた。



改めて見ると、神社の境内はいたって穏やかで、自分の身に降りかかった恐ろしい出来事が、夢であったかのように思われる。



(取り合えず、本殿に行こう。)



参道を通って本殿に向かう。








昨日と違い、天気が良く、本殿の壁につけられた傷がよりはっきりと見える。


戸につけられた真新しい傷は、昨日の出来事が現実であったことを物語っていた。



(拝殿は綺麗なのに、なんで本殿だけ…。子供の頃、ここで遊んでいた時も気になってはいたけれど、いつも本殿だけはぼろぼろだ。)




じっと眺めていると、後ろから近づいてくる足音が聞こえてきた。



鬼気迫る女の顔が思い出され、勢いよく振り向く。



歩いてきたのは、先ほど表の掃除をしていた男性だった。



男性はこちらをみるとにっこり笑った。



「おはようございます。」

「お、おはようございます。」

「本殿をご覧になっていたのですか?」

「はい。そうなんです。」

「ぼろぼろでしょう?」



男性は悲しそうな顔で本殿を見上げる。



「ええ。自分が子供の頃からぼろぼろでした。」

「ああ、地元の方でしたか。これはどうも。そうなんですね。」

「あの、拝殿はあんなに綺麗なのに、どうして本殿はこんなに傷だらけなんですか?」

「それが分からなくてですね…。実は4年前に建て替えしたばかりなんですよ。」

「4年前?最近じゃないですか!」



驚いて本殿を見る。



どう見てもそんな最近に建てられたとは信じられないほど廃れている。

てっきり、何百年も経っている建物かと思っていた。




「それはそれは新築みたいになりましてね。だけれど、翌日にはもう傷が…。1日だけで相当な傷をつけられますので、今はもうすっかりぼろぼろになってしまいまして。

立ち入り禁止にしたり監視カメラを設置したりしましたが、効果はありませんでした。今ではもう、お手上げ状態です。」



見れば、本殿の側にカメラのようなものが設置されていた。



「そうなのですか…。犯人が分からないとなると、どうしようもないですね。」

「いえ、実は目星はついているのです。」

「え、そうなんですか?」

「監視カメラに1回だけ、手に何か持った女性がこの壁を削る姿が映ったのです。白いボロボロの服を着ていましてね。髪はこんな、ぼさぼさなんですよ。警察に届け出はしたのですけど、捕まらなくって。今じゃ、カメラをただ回してるだけ。録画も確認すらしていないんですよ。」




手に何か持った白い服を着た女性。


それは昨日自分を襲った女と特徴と同じだ。



困っている様子の男性に、「実は…」と昨日身に起きたことを話した。



女に追われて本殿から出てきた白い膜によって守られたという素っ頓狂な話を、男性はにわかには信じがたいといった表情で聞いている。



「すみません。こんな変な話、でも、本当に昨日起きたんです。だから、もしかしたら、昨日の映像を見ていただけると、何か写っているかもしれません。」

「いやあ…その、なるほど…。普段何者も入れないように鍵を閉めてある本殿の戸がひとりでに開いたとは、申し訳ないですけど、ちょっと信じられないと言いますか…。まあ、でも、戸に新しい傷がついていますし、確認する価値はあるかもしれませんね。ありがとうございました。」



男性はそういうと、そそくさと立ち去ってしまった。


やはり、変に思われてしまったようだ。


(言うべきじゃなかったな…。)



そりゃそうだ。


目の前の人間が突然、変な女に追われてしかも、鍵のしまった建物が勝手に開いて中から白い膜を出して自分を守ってくれたなんて話をしたら、(この人は頭がおかしいな)と関わりたくなくなる。



(さっさと帰ろうかな。いやでも、この重い気持ちのまま家に帰りたくはないし…。)



気持ちを落ち着けようと本殿を眺めたり、楠を見上げたりするが、一向に気持ちが晴れてこない。



(折角お金を持ってきたし、お参りしてから帰ろう。)


と振り向いて拝殿の表に向かう。






俯いて歩いていると、「すみません!」と遠くから声を掛けられた。



顔を上げると、先ほどの男性が大きく手を振っていた。


彼の側には、真っ白な狩衣かりぎぬを着て黒い烏帽子を被った、高齢の男性が固い表情で立っている。


その高齢の男性は、よく知っている顔だ。

ここの神主である。


かくれんぼをした時、よく怒られたから覚えている。



神主ではない、若い男性は水色の袴の裾をばさばさと触れ合わせて走ってきた。



「はあはあ…。あの、すみません。はあはあ…。お、お話があるのですが…。今、時間って。」


彼は息を切らしながら早口で話す。


「え、ええ。大丈夫ですよ。」



男性についていき、通されたのは拝殿の中。


20畳はあろう広い間の中央に、胡床こしょうが8脚並べて置かれている。


そこに座るよう促され、2列目の真ん中に座った。



目の前に神主が来る。



子供の頃見た時より、更にしわが増え、威厳のある風格を醸していた。



思わず頭を下げる。




「私の祖父であり、ここの神主です。」

「は、はい。存じています。あの、お話というのは…?」



男性は神主と顔を見合わせた。



「実は、お伝えしたいことがありまして。あなたからお話を伺って、ほんと、申し訳ないのですが少し信じられなかったのですけど、万が一本当でしたら、犯人を捕まえる証拠になるかもしれないと、録画を確認したんです。そしたら…写ってました。」

「え!」

「本殿の方に駆けていく貴方と、それを追う女性の姿が。」



(あれは本当に身に起きたことだったのか…。)



あの恐ろしい出来事が現実だったという証拠に、嬉しいような嬉しくないような微妙な気持ちになった。



「なら、犯人を捕まえられそうですね。」

「いえ…。本題はここからなのです。」

「え?」

「私も、女性が現れた時、証拠になると思いましたが、問題はその続きなのです。貴方が戸に背をつけて、女性見ていると、突然、戸が開きました。そこから、半透明の白い大蛇が顔を出したんです。」

「…は?」

「ええ、ええ、信じられませんよね。

でも、本当なんです。

その蛇は顔を横に倒し、あなたの体を咥えて奥へと消えました。

ほんと、見る目を疑いましたが、確かに映像には、蛇が写っているんです。

ええ、ほんと、嘘かと思われるでしょうけど…。

恐らくですが、その蛇こそが貴方を包み中へと引き入れ守った白い膜、それだと思われます。神社の方針で映像をお見せすることは出来ないので申し訳ないのですが…。

ああ、それで、女性ですが、彼女は戸を何かで叩いたあと、振りむいてすっと消えてしまったんです。」

「消えた…?」



男性はこくんと頷いた。


女の様相から、只者ではないと思っていた。

姿を消したと聞いても、人間ではなかったのだなと納得できた。




男性はさらに続けた。



「このことを祖父に伝えましたら、あなたに伝えなければならないことがあると言いまして。姿を見た瞬間、慌てて呼び止めてしまいました。」



神主は頷くと、口を開いた。



「白い蛇は、ここの神社に祀られている白蛇様です。恐らく、あの異界の者と波長があってしまい、襲われてしまった貴方をお守りくださったのでしょう。

映像に写った女の姿を見た時に、彼女が何者か分かったのです。彼女と波長が合ってしまった貴方には、その正体をお伝えし、しっかりとお祓いをせねばならないと思いまして、拝殿までご足労願ったのです。よろしいですかな?」



神主が眉をぐっと持ち上げて、力強い目でこちらを見た。



その気迫におされ、頷いた。




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