27
境内の奥にある自然のままにされた池の周りは、腰の位置より高く伸びた野草が密集していて、身を隠すのに最適だ。
迷うことなく池へと向かう。
池の側に生えた大きな木の陰に隠れて息をひそめた。
身を隠したすぐ後に、「ふーっ!ふーっ!」と荒々しく息を吐きながら女が姿を現して、獲物を探すように辺りを忙しなく見回している。
そして、草をかき分けながら池へと向かってきた。
(まずい、このままだと見つかる…!)
「うわあああ!来るなあ!」
鼓膜を揺さぶるような叫び声は、自身の口から出たものではない。
自分の声とは全く違う、若い男の声である。
その声に、ぴたっと女は動きを止めた。
そして、にたあと笑う。
女が見ている先に視線を向けて、息を飲んだ。
池の中には、太い木の柱が7本そびえ立ち、それぞれの柱には腰まで水が浸かるぐらいの高さで人間が
真ん中にいる怯えた様子の青年が叫んだらしい。
パーカーを着た今時の男の子だ。
彼以外の人間は全員俯いていて、息をしていなかった。
「残った…ついに、残った…!」
女は池へと歩き出す。
その間、ぶつぶつと独り言を言っていた。
緊張で研ぎ澄まされた聴覚のせいで、女の残酷な思惑を知ることとなる。
「最後に生き残った人間の生き胆を食えば…私は永遠の命を手に入れられる…。ずっと美しい姿のままで…。ふふふ…。うふふふ…。
減らせ減らせ、残りしものが真なり…。」
女は山に入る時に聞こえてきた、あの童歌を口ずさみながら池に入っていった。
何も知らない青年が女の自分勝手な欲望によって惨たらしく殺されようとしているというのに、自分の身が可愛くて、その場から動くことが出来ない。
助ける手段を考えることなんてしなかった。
それどころか、女の関心が青年に向かったことに安堵していたのである。
「く、来るな…来るなよ…!」
必死に身をよじって逃げようとする青年の元へ、水をかき分けながら向かう女は、にたにたと笑っている。
青年の前まで来た女は、恍惚な表情を浮かべ、しゃがれた声を上ずらせた。
「やっと、やっとこの日が来た!」
少女のように跳ねて喜ぶ女の異常さに顔を引きつらせる青年。
嫌悪に歪んでいた顔が次第にぴくぴくと痙攣して、今にも相手に噛みつくような、怒りに燃える表情へと変わった。
「な、なんなんだよあんた!こんなところに縛り付けて…!あんたのせいで、みんなは!衰弱して死んじまった!」
女に向かって青年は怒鳴った。
逃げようにも逃げられない、彼の最後のあがきであった。
「そんなの、決まってるじゃないか。」
女は左の腕で青年の服をむんずと掴み、引きちぎって柔らかな腹を空気にさらして、右腕をすーっと上へ伸ばした。
その手に握りこまれた出刃包丁の先端に光が走る。
「食うためさ。」
腕が振り下ろされ、鋭い刃が青年の腹を引き裂いた。
女の顔に返り血が飛ぶ。
女は腹の裂け目に骨ばった両の指を差し入れて、左右にぐっと開いた。
青年は口から鮮血を噴き出して、白目を剥き痙攣している。
腹から垂れ出た血まみれの腸を掴み、うっとりとした表情を浮かべてまだどくどくと脈動するそれを歯で咥え、そのまま食いちぎった。
「う…!」
込み上げた嗚咽を必死に手で押さえる。
(これ以上、見ていられない…。今のうちに逃げよう。)
震える足を何とか動かして、その場から逃げた。
あれから半年経つが、今でも夢にあの女が出てくる。
場面はもちろん、神社の裏の池。
柱に縛られた青年に向かって女が歩いていき、包丁で腹を裂いて内臓を食べるのを、呆然と立ち尽くして眺める。
女が全て食べ終えて柱から離れると、そこに青年の姿がない。
と、同時に自分の腰がずんと重くなる。
そちらを見ると、柱に縛られていたはずの青年がしがみついていて、白目を剥きながらこちらを見てこう言うのだ。
「助けてくれよ…。」
あの日からずっと、繰り返す悪夢と罪悪感によって頭を抱える日々が続いている。
【END 生贄】
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