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お賽銭が無くこんなだらしない恰好なのは申し訳ないが、

ここまで来て挨拶もせずに帰るのは気が引ける。



鳥居の前で一礼し、参道へと踏み込んだ。



結構山奥にある神社だが、管理をする人がいるようで、玉砂利には葉が詰まっておらず、拝殿のガラス戸はくもりひとつない。



青銅で出来た龍が澄んだ水を吐く入手水舎で手を清め口をすすぐ。



危うく飲んでしまいそうなほど、滑らかな口当たりの水であった。



それから賽銭箱の前まで行き、作法に沿って二礼二拍手をしてから、両手を重ねて目を閉じる。



まずお賽銭を忘れてきてしまったことを謝罪して、それからお祈りをした。



不思議なことに、怒られているような気がしない。


それどころか、お参りに来たことを受け入れてくれているようにも感じる。




(寛大だな…。子供の頃遊んでいたのも、受け入れてもらっていたのかもしれないな。)



無邪気に駆け回って遊んでいたあの頃の思い出が蘇る。


(懐かしいな…。)


心ゆくまで懐古した後、境内で遊ばせてもらったことに対する感謝の気持ちを伝え、目を開けた。



(あれ?)


目に見える景色は、お祈りをする前と違っていた。


まだ昼だというのに、何故か妙に暗いのである。


腰を反り空を見上げれば、真っ黒い雲が風に乗って迫ってきているのが見えた。


(さっきまであんなに晴れていたのに…。)



どこまでも広がっていた青い空を、不穏な雲がすっかり覆いつくした。

今にも雷を落としてきそうで、気が気でならない。




(早く家に帰らないと…。)



拝殿を背に振り向いて、走り出そうと前のめりになったその瞬間、鳥居の下にいたあるものと目が合い、体が固まった。



ところどころ布が切れたみすぼらしい白装束を身にまとい、彫像のように立つ女。



長く黒い髪はぼさぼさで乱れており、体は骨がくっきりと浮き出るほどげっそりと痩せこけている。



その細い手で、平たく薄い金属のようなものをぐっと握りしめ、目玉をひん剥き血走らせたかと思うと、ざっざっと砂利を踏みしめながらこちらに迫ってきた。



ひび割れた唇を震わせながら開き歯をむきだして、その女が掠れた声で叫んだ。



「へらせ…へらせ…!」



唯一聞き取れたのはそれだけで、女は訳の分からない言葉を喚きながら、手足をバタつかせ、鬼の形相で駆け出した。



「うわああああ!」



そのおぞましさに一瞬ひるんだものの、迫りくる女に命の危機を感じて、拝殿の裏へと逃げ込む。



鳥居から拝殿までは距離が離れているというのに、

背後から聞こえる女の声が大きくはっきりと聞こえてくることから、すさまじい勢いですぐそこまで迫ってきているのが分かった。



ここからすぐ身を隠すには、子供の頃、かくれんぼをした時に絶対に見つからなかったあの場所に行くしかない。



自分は迷うことなく





A境内の一番奥にある、背の高い草が生い茂る池へ向かった。→27


B拝殿の裏にある本殿の、階段の裏へ向かった。→11

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