第17話 貴女の幸せを誓う。

 月日はあっという間に流れ、先日の定期舞踏会と違って大した騒ぎもなく卒業式を終えたザイルは、レンナイト公爵やラティティリスの王宮へラテルティアとの婚約の報告へ赴いた後、当初の予定通りフィフラルへと帰国した。十日かけて帰ったフィフラルの皇宮に、懐かしいという感覚にはなったが、奇妙なことに帰って来たという感覚が薄かった。兄や義母、叔父に歓迎され、黙って出て行ったために父に少々小言を言われる、馴染み深い、人生のほとんどを過ごしている場所だというのに。

 不思議と、心が休まらない。何かずっと、探しているかのように落ち着かなくて。

 その心許ないような感覚の理由に気付いたのは、フィフラルに戻ってひと月ほどが経った時のことだった。いつも通り目覚め、数日後にエリルの立太子の儀が迫っていたこともあり、忙しなく予定を確認していた時のことである。ジェイルがにやにやと品のない笑みを浮かべながら持って来たのは、一通の手紙。花柄に、見るからに女性からの物と分かるそれに一瞬眉根を寄せ、次の瞬間、はっと目を瞠る。ジェイルがわざわざ、気味の悪い笑みを浮かべて持って来た、女性からの手紙。それが誰からのものか、少し考えればすぐに分かった。

 引っ手繰ひったくるようにしてそれを受け取り確認すれば、やはりそれにはレンナイト公爵家の家紋が入った封蝋が押してある。破れないように慎重に封を開け、出てきた手紙の文字に、知らず頬が緩んだ。

 何度も目にしたことのあるその文字は、間違いなくラテルティアの手のもので。彼女の存在を身近に感じた途端、ザイルは無意識に、ほっと息を吐いていた。フィフラルに戻ってからずっと、落ち着かなかった心が、やっと拠り所を見つけたとでもいうように安心する。一か月ぶりに、深く息が出来たような気がした。


 ……ああ、そうか。気が早いな、俺は。


 途端、ある事実に気付き、思わず苦笑いを浮かべた。住み慣れた国。住み慣れた皇宮。住み慣れた部屋。確かに戻って来たはずなのに、心が落ち着かなかったわけが、その時やっとわかった。


 俺の居場所は、いつの間にかラテルティアの隣になってたわけだ。


 馴染みの場所でも、馴染みの人々の間でも、彼女がいなければ居心地が悪く、息苦しいから。

 そうでもなければ、説明がつかないだろう。彼女の姿を思い浮かべ、手紙に書かれた文字を目にしただけで、これほど心が癒される理由なんて。


「……早く、俺の居場所にならねぇかな」


 名実ともに、誰からも非難されることなく。彼女の家族から、故郷から、彼女を引き離してしまうことだけは、心苦しかったけれど。

 他愛ない近況報告が書かれた手紙に目を通しながら呟いた言葉は、自分でも恥ずかしいくらいに、切実な声に聞こえた。

 兄、エリルの立太子の儀を終え、正式に次期皇帝がエリルに決まるとともに、ザイルは今まで様々な場所でと理由をつけて行ってきた仕事を、王室の執務室で行うことにした。当たり前ではあるが、これには周囲の者たちの方が驚愕していた。何せ仕事をしないことで有名な放蕩者の第二皇子が執務室にやってきて、すごい速さで仕事をこなしていくのである。今まではエリルの名を借りて書類を提出していたため、ザイルが仕事をしていることを知っていたのは、上層部の限られた者たちだけだったのだ。

 このことは、隣国のラティティリスでも思わぬ副産物を生んだようだった。放蕩皇子がたった六か月間ラティティリス王国立学園に所属しただけで、改心して仕事をするようになったのである。同じような効果を期待した親たちが、我先に子供を入学させるようになったらしい。他の学園からすれば迷惑な話だが、そのような効果などあるはずもないため、あくまで一時的なものだろう。

 そうして、ラテルティアがフィフラルに来た時に、放蕩皇子の婚約者だと非難されたりすることのないよう、ザイルは今までの印象を挽回するためにも、真面目に仕事を続けて。

 さらに一年の月日が経っていた。

 ザイルはいつかと同じように、ジェイルと二人で馬車に揺られていた。ただじりじりと、時間だけを気にしながら。


「おい、間に合わねぇとか言うなよ」


「ははは。大丈夫ですよ。多分。おそらく。きっと」


「やめろ。余計な事言うんじゃねぇ」


 不穏な言葉を付け加えていくジェイルにひくりと頬を引き攣らせ、窓の外を睨みつける。予定では、もっと余裕をもって到着するはずだったというのに、どうしてこうなった。

 今日はラティティリス王国立学園の卒業式である。式自体には元々出るつもりはなかったのだが、卒業式の後には卒業生とその親が参加する卒業パーティが開かれるのだ。そしてそのパーティには、パートナーとして婚約者の参加も認められている。

 昨年はまだ、ラテルティアとの婚約をおおやけにする時間がなかったために、面倒になってザイルはパーティそのものに参加しなかったが、今回は別だ。正式なお披露目をしたわけではないが、すでにラティティリスの国王、フィフラルの皇帝に婚約の報告をし、周知の事実となっている。そのため、ラテルティアの思い出をより良いものに出来ればと、ふた月前から仕事の調整などに取り掛かり、休みを取れるように必死に書類を捌いていって、余裕をもって二週間前には王宮を出発するつもりだったのだが。


「兄上は、何でこういう時に限って意地の悪いことをされるのか……」


 ぼそりと、思わず呟いてしまったのは許してほしい。

 実はザイルが王宮を出発する直前に、少々問題が発生したのだ。王宮の金銭を誤魔化し、公費を不当に懐に入れていた者がいるという、いわゆる横領事件である。それの解決を、出発する前日に、エリルがザイルに依頼してきたのだ。

 今まで、人目につかぬように仕事をしてきたために、そういった問題の解決に携わることは多く、難しいことでもなかった。結果として、四日で収拾を付けることが出来た。出来たのだが。言いたいのはそこではない。

 なぜ、あれだけ自分が楽しみにしていた今回の休暇を、初っ端から邪魔するようなことをしてくれるのか、ということである。

 深く息を吐いたザイルに、ジェイルは乾いた笑みを浮かべながら、「いや、あまりに殿下がラテルティア嬢のことばっかり楽しそうに話すからでしょ」とぼやいていた。


「皇太子殿下はザイル殿下のことを本当に可愛がっておられますからね。ラテルティア嬢への嫉妬とか、自分よりも先に婚約することとかで、ちょっと意地悪したくなったんじゃないですか」


 続けるジェイルに、ラテルティアへの嫉妬とは何だと少し思ったが、エリルよりも先に婚約するのは確かであったので、納得しかける。しかし、だ。

 意地悪するにしても、せめて他のことにしてくれと、もう一度深く息を吐いた。

 結果として、レンナイト公爵家に到着したのは、パーティに間に合わなくなる寸前であった。馬車の中であちこちぶつけながらでも、服を着替えておいて良かったと改めて思った。

 公爵邸の前にはすでに人影があり、馬車が停まると共に慌てて扉を開けて。

 知らず、息を呑んだ。


「お久しぶりですわ、ザイル殿下」


 そう言って、ラテルティアは微笑み、優雅に礼の形をとる。ザイルが仕事の調整を始めたふた月前に彼女に贈った、白地に青いレースと銀の刺繍が施された、細身のドレス。空いた襟元を彩る血のように赤い宝石の首飾りに、結い上げられた銀の髪を飾る無数の赤い髪飾り。耳飾り、指輪、靴に至るまで、全てザイルが自らの目で選び、彼女に贈った物で。

 「久しぶりだな」と返事をした後、ザイルはその顔を柔らかく緩めた。


「ドレスも、アクセサリーも、靴も全て、……よく、似合ってる」


 一年ぶりに顔を合わせた彼女は、その顔も、仕種も、少し大人びていて。平凡だなどと言っていた頃が懐かしいと感じるくらいに、美しく様変わりしていた。最も、惚れた欲目もあるかもしれないが、そうであれば良いとも思う。彼女の魅力を理解しているのは、自分だけで良いのだから。

 知らず見惚れていたら、おそらく最初からいたのであろう彼女の背後から、「ザイル殿下、お久しぶりです」と声をかけられて、はっとそちらに顔を向ける。くすくすと笑いながらこちらを見るレンナイト公爵と夫人に、慌てて姿勢を正して笑いかけた。「申し訳ない。彼女に見惚れていた」と冗談を装って言えば、二人は嬉しそうに笑って「それはそれは」と呟いていた。


「そろそろ時間が迫ってきましたので、私たちは私たちでパーティ会場に向かいます。殿下、娘をよろしくお願いします」


 公爵の言葉に頷き、手を差し出して「ラテルティア」と声をかける。ラテルティアは嬉しそうにはにかむと、「はい」と応え、ザイルの手を取った。傍らに寄り添った彼女の甘い香りを、随分と懐かしく感じて。

 ほっと、久しぶりにザイルは、心の底から呼吸が出来た気がした。

 馬車にはザイルとラテルティア、そしてジェイルの三人で乗り込んだ。ジェイルが遠慮して御者席に移ろうとしていたのだが、ザイルがそれを拒んだのだ。というのも、二人きりの空間で、ラテルティアを目の前にして、自分が信用できなかったからである。


 相変わらず可愛いしなんか綺麗になってやがるし良い匂いするしそもそも久々で愛おしくてというかやっぱ俺が贈ったドレスとか身に着けてるのすげぇ気分が良い困る。本気で困る。


 一年ぶりの再会なのである。顔が不自然に緩みそうになって必死に取り繕うがゆえに、変に強張っている気がするが許してほしかった。格好つけたいわけじゃないが、せめて格好悪いところは見せたくない。

 そんな思いが伝わったのか、ジェイルは先程から少々呆れた顔でこちらを見ていたが、気にしないことにした。

 馬車の中で隣り合わせで腰かけ、他愛ない会話を繰り返し、少しずつ自然な笑みを浮かべられるようになってくる。学園の事や卒業式のこと、家族の話や夜会での話など、楽しそうに話すラテルティアの様子に相槌を打っている内に、懐かしいラティティリス王国立学園に到着した。

 今日の主役は、あくまでも卒業生であるラテルティア。しかし隣国の皇子である自分の存在はやはり目立つようで、二人揃って会場に入ると同時に、一気に注目を集めることとなった。まあ一つは、ザイルの装いもまた白地に青と銀の刺繍を施したもので、どう見てもラテルティアのドレスと揃いのものであったためだろうが。周知の事実とは言え、婚約してから初めて揃って公の場に姿を見せたのである。仕方がないと諦めるしかないだろう。

 ザイルとは違って、顔の広いラテルティアの友人たちからの挨拶を受けながら、二人は会場の中をゆっくりと歩く。自分が主であれば途中退出しようとしただろうが、今日はラテルティアの気が済むまで付き合うつもりだった。言葉を交わしては歩き、挨拶を交わしては歩きを繰り返して。

 「ザイル殿。ラティ」と声をかけられ、揃って足を止め、そちらを振り返った。


「ザイル殿、お久しぶりです。ラティも、卒業おめでとう」


「ランドル殿」


「ありがとうございます。ランドル殿下も、おめでとうございます。」


 ざわついていた周囲が、少しだけ静かになる。

 声をかけてきたランドルは、一年前よりも少しだけ精悍な顔つきで微笑んでいた。


「一年ぶりですね。あの時はお世話になりました」


 ランドルは少しだけ苦いものが混ざったような、複雑な笑みを浮かべて言う。「さて、何のことだ」とザイルが冗談交じりに言えば、彼は苦笑を深めて「相変わらずですね」と呟いていた。


「あなたのおかげで、全てを丸く収めることが出来た。感謝してもしきれません。今更ですが、本当にありがとうございました」


 穏やかな表情で告げられた言葉は柔らかく、ザイルには彼が深々と頭を下げているように感じた。王族である彼が、実際に頭を下げることなど有り得ないのだが。

 ザイルはいつも通りくつりと笑って、「気にすんな」と告げる。全てが彼のために行ったわけではないのだから、礼を言われると少し心苦しかった。

 「レナリア嬢は?」と訊ねれば、ランドルは少し嬉しそうに笑って「おそらく、息子と一緒にいるかと」と応えた。


「先日、無事産まれまして。今は身体を休めながら、王妃教育を受けてもらっています。来月には結婚式を行うので、是非二人でお越しください」


 幸せそうなランドルの表情に、僅かに羨ましいと思いながら苦笑を零す。「楽しみにしてる」と言えば、彼はまた嬉しそうに笑って頷いていて。

 ちらりと、彼の視線がラテルティアへと移った。「それにしても、今でも思い出すな」と言いながら。


「去年の丁度、昨日だったかな。昼休みを終えて、講義室に現れたラティが、やけにぼんやりしていて、皆で心配していたんですよ。何かあったんだろうか、って」


 昔を思い出すように目を細め、ランドルが続ける。急に何の話だと眉を顰めるザイルに対し、彼が何を言おうとしているのか気付いたのか、ラテルティアは少し慌てたように、「で、殿下……!」とそれを遮ろうとしていた。

 まあ、ランドルは気にしない様子で、小さく笑っていたが。


「ぼーっとしているかと思えば、顔を真っ赤にしていたりして。ラティらしくなくて。彼女の友人の一人が、心配して声をかけたんです。どうかしたのかって。そしたら、それはそれは嬉しそうにはにかんでいて。『良いことがあった』と言ったんです」


 「それから数日後に、ザイル殿とラティが婚約したと父に聞きました」と言うランドルは、楽しそうにくすくすと笑っている。

 その話の内容に驚きながら傍らを見れば、恥ずかしそうに白い肌を真っ赤に染めたラテルティアの姿があった。思わず、口許を手で覆う。そうでもしなければ、情けなく緩んだ顔を晒すことになっていただろうから。


 求婚したことを、それほど喜んでくれてたとは、な。


 正直、思ってもみなかった。

 「何で言うんですか!」と、いつもの彼女らしくなくランドルに食って掛かっているラテルティアに、ランドルはやはり楽しそうな笑みを浮かべたまま、「本当の事じゃないか」と応えている。

 「ザイル殿」と、再度彼は、ザイルの名を呼んだ。


「私は十年間、ラティと共にいました。けれど、あんなに嬉しそうな顔を見たのは初めてだった。あの時、心底思ったのです。……私では、ラティには相応しくなかったのだと」


 ランドルはそう言うと、言葉の内容にきょとんとしているラテルティアを見ながら、小さく笑う。少しだけ、後悔の滲んだような表情で。

 そして一度目を閉じると、今度は真っ直ぐにザイルを見た。落ち着いた、それでいて真摯な顔だった。


「ラティを頼みます。婚約を解消した今でも、彼女は私の大切な、……同志、だから」


 静かな言葉。それでいて、揺るぎのない声音。それほど大きな声でもなかったというのに、周囲がしんと静まり返る。

 この国では、ラテルティアは心優しき淑女だとされていた。レナリアがフィフラルの皇帝の、妹の娘だと知ったランドルが、彼女を庇護下に置き、恋をした。そしてそんな二人を思い、身を引いた優しい少女だと。そういう風に、ザイルが誘導したのだ。噂や、新聞を使って。

 そして今、それがランドルの言葉により、証明された。おそらく、彼自身もそうなることを望んで、口にしたのだろう。同志という言葉を。


 ……本当は、何て言いたかったのか。なんて、もう聞くことは出来ねぇがな。


 ザイルは思い、その顔に笑みを浮かべて見せる。不敵なその笑みは、傲慢と名高い彼によく似合っていた。


「当たり前だ。ラテルティアは俺が幸せにする。絶対に」


 真っ赤になったラテルティアと、周囲の視線を一心に集めながら、ザイルは誰よりも自分自身に、そう誓う。その瞬間のランドルの切なそうな表情を、ザイルだけが、しっかりと目にしていた。

 静まり返ったパーティ会場は、次の瞬間にはそれまで以上にざわつき始め、さすがに居心地が悪くなったザイルは、ラテルティアと共にバルコニーへと向かう。ここに来るのは、もう三度目のこと。夜会に参加するたびにここに来ているんだなと、そんなどうでも良いことを思った。


「求婚したこと、そんなに喜んでくれてたとは知らなかったな」


 いつかと同じように手摺に寄りかかりながら、ザイルはからかい交じりの口調でにやにやとそう呟く。ラテルティアは相変わらず真っ赤な顔で、ほんの少しだけ頬を膨らませていて。「当然ですわ」と、やはりいつかのように、開き直ったように呟いていた。


「殿下のこと、本当に好きでしたもの。今でももちろん大好きですわ。そんな方に求婚されて、嬉しくないはずがありませんもの」


 怒ったような声音で、しかしその内容はとても怒っているようには聞こえなくて。相変わらず自分を煽るのが上手だなと、一周回って冷静に感心してしまう。何だこの可愛いの。愛しいにもほどがある。


「……さっさと結婚したい」


 ぼそりと、思わず呟いた。まだザイルたちは、正式に婚約を発表したわけではない。そのため、これから一週間後にラテルティアと共にフィフラルへと戻り、まずは婚約発表を行うことになっている。それから一年後に結婚式という手筈になっているのだが。


 そういう諸々すっ飛ばして結婚したい。


 本気でそう思うも、呟きを聞いていたラテルティアが苦笑して、「駄目ですわ」と言うので、諦めるしかないと息を吐いた。幼い頃から王妃教育を受けてきた彼女は、王族や皇族の在り方をきちんと理解している。結婚に対する一つ一つの手順もまた大事なことだと彼女も自分も理解しているがゆえに、ザイルもまた「分かってる」と言って頷くしかなかった。


「一週間こちらに滞在した後、フィフラルに向かおうと思う。もちろん、今度こそ、お前と一緒に」


 ラティティリス人であるラテルティアが、フィフラルに慣れるためという名目で、婚約期間もラテルティアはフィフラルで過ごすことが決まっていた。皇宮の一角に部屋を設ける手筈がすでに整っている。

 真面目な顔になったザイルに、ラテルティアもまた、静かに頷いた。「楽しみですわ」と、柔らかい笑みを浮かべながら。


 まだ婚約の段階、だが。……やっと。


 ラテルティアの白い肌が輝いているようにさえ見えて、吸い寄せられるように手を伸ばし、その頬に触れる。擽ったそうに笑う彼女に、ザイルもまた、知らず微笑んでいた。

 「なあ、ラテルティア」と、ザイルは口を開いた。


「俺はお前を、この国から奪っていく。お前の家族からも、遠いところに。だが、……きっと幸せにするから、ついて来てくれ」


 誰よりも、何よりも、絶対に。

 心から、彼女が幸せだと微笑むことが出来るように。

 そう言葉に込めて、ザイルは真っ直ぐに告げる。

 ラテルティアは、少し驚いたような顔になると、次の瞬間には、ふわりと笑った。すりとザイルの手のひらに頬を寄せ、「殿下はお気付きじゃないかもしれませんが」と、小さく口を開いた。


「わたくしは、ザイル殿下の傍にいられれば、いつでも幸せのようですわ」


 はにかむように微笑み、ラテルティアはそう言って真っ直ぐに、ザイルを見上げていた。優しいその笑みに、心の奥を擽られているような不思議な心地になりながら、「奇遇だな」と、ザイルは笑って応えた。


「俺もだよ。ラテルティア」


 空には相変わらず、煌々と銀色の月が輝いている。身を寄せ合い、見つめあった二人は、どちらからともなく微笑み、口づけを交わした。

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