第22話 決闘
何だか変な方向で話が落ち着いてから、指定された時間になって、俺達は『大戦場』と呼ばれる決闘の場へと向かった。
出ていく前にミラには「ご武運を」と言われ、アリエスには「無理はしないようにお願いします」と言われた。
正直、アリエスに心配されるとは思わなかった。
道中、啖呵切った手前、丁寧語で話すのも何かおかしい気がして、
少々慣れ慣れしい口調でエレノアに気になることを聞いてみることにした。
「なぁ、エレノア。決闘って制服のままでいいのか?」
問うと、エレノアは「はぁ」と見え見えの溜息をついて答えた。
「あなたって本当に何も知らないのね……。学院の制服は激しい動きにも対応できるような伸縮能力や、傷が付いても自動回復する魔術式が組み込まれているから。むしろ決闘するときの制服着用は義務付けられているぐらいよ」
「へぇ~、これってそんなにすごい機能あるんだなぁ」
俺は制服を人差し指で摘まみながら、思わず嘆息した。
―――
結局、俺は知らないことだらけだったのでエレノアに聞いてみた。
エレノアは溜息を吐きながらも、何だかんだ答えてくれた。
エレノアの話によると、
『大戦場』とは、七つある訓練場の一つであり、主に実戦形式の訓練や組手、また、生徒同士の決闘の場として利用されることが多い訓練場である。
『大戦場』の中で致命傷となる怪我を負った際は、それを体内の無意識にセーブしている魔力をフルに使って回復するように張り巡らされた魔法陣が設計されている。
つまり、致命傷を負った際には自動回復するときの魔力で魔力切れが起こり、意識が切れたほうが敗北というわけである。
そういうことなので、相手を絶命させる勢いで斬ったり焼いたりしても、問題ないのだとか。
これが魔道具最先端の街、学園都市の科学力かぁ……なんて感心しながら歩いていると、
「……おっ」
「着いたわね」
学院塔のすぐ隣に、それはあった。
外から見ても分かる驚異的な大きさ。さすが大戦場と呼ばれるだけのことはある。石でできた外壁は、どこか荘厳さを感じさせた。
円形で、縦にも横にも大きい。それもそのはず、訓練場には観客席まで設けられているのだ。エレノアに聞くと、学園祭で開かれる決闘大会なるものの会場でもあるのだという。
中に入ると、眩しいスポットライトに当てられ、目を細めた。
エレノアと並んで中央へと歩く。
すると、「きゃーー!!」やら、「うぉおおおおお!!」という歓声が聞こえてきた。
何事かと思い見ると、垂れ幕やら旗やらを持って応援している男子女子の姿があった。え、いや、どういうこと?
俺が疑問の眼差しをエレノアに向けると、エレノアは観客に向かってお上品に手を振っていた。……うわぁ。
「なぁ、お前って学院ではそんなキャラでやってんのか?」
「……キャラとか言ってんじゃないわよ。生きる術よ」
へぇ。意外と八方美人で上手い生き方してんのなぁ……とか思いながら、俺は言葉を続けた。
「ほぇ~。それにしても意外だな」
「何が?」
「いや、お前にも友達っていたんだなぁって思ってさ。ほら、お前って友達いなさそうじゃん?」
言うと、エレノアはピキピキと顔を強ばらせ怒りの表情を見せたあと、俺を肘で小突くと、
どこか悲しそうな目で遠くを見て言った。
「あんなの……友達だなんて言えないわよ」
「……はぁ?」
……ふーむ? 複雑な事情がおありなんだろうか。
まぁ圧倒的な才能を持ち、成績もトップの彼女だ。
人には話せないような悩みの一つや二つ、あるのだろう。
「そんなことより、準備はできたのかしら?」
彼女はワクワクといったような顔で問うてくる。
見れば、彼女はすでに白線の引かれた所定の位置で剣を抜いて立っていた。
……うん、そうだな。
今はとりあえず、戦い以外のことはどうでもいいな。
そう思い立ち、俺も、彼女の対面に引かれている白線の前に立った。
腰に下げた愛剣のショートソードを引き抜く。
赤竜戦のような多対一の場面では活躍しなかったものの、
対人戦は剣がなくては対応できないだろう。
間合いによっては、魔法よりも剣の方が強いことなど常識中の常識だ。
そして俺は、魔法ほどとは言わずとも、剣の腕にもかなりの自信があった。
負けるつもりなどあるはずがない。
「準備満タンだ。いつでもいいぞ」
構えながらそう言うと、エレノアは顔を引き裂くような笑みで、
「じゃあ、行くわよ――っ!」
気合と共に叫び、地を蹴る彼女。
――瞬間。
彼女の姿が掻き消えた。
ギィィィイイイイイン!!!!!
剣と剣が激しくぶつかり合う音が、耳の裏で強く響いた。
俺は、ほぼ本能で身を守るように剣を振るっていた。
――俺とエレノアの距離は十メートル前後。
ギリギリ剣技でも魔法でも、どちらがより優れた攻撃、とは言い切れない距離だ。
剣重視の者や魔法重視の者、どちらにも不利にならないよう、この『大戦場』の設計者が調整したのだろう。
だから俺は、彼女の動きを見て、魔法で牽制し、
可能な限り有利な状態で戦いの流れを掴もうなどと考えていた。
正直、甘かった。
彼女は一瞬で間合いを詰めてきたのだ。
風の音、迫る殺気。
組み立てていた戦法や常識は、すべて闇の彼方へと捨て去られた。
反射的に剣を振りかざし、彼女の攻撃を受け止める。
盛大な剣音と、痺れる手が危険信号を送ってくる。
――一瞬でも気を抜けば、やられるっ!!
「うぉぉおおおおおおおおお!!!」
彼女の剣を弾いた俺は、剣を構え直す暇を与えぬままに、獣のように彼女へと肉薄した。
懐に潜り込み、一瞬の隙に差し込むように剣筋を通す。
考えなどない。戦略などない。
優美さなど欠片もない。
本能が教えてくのだ。
この怪物は、受け手に回った途端に俺を食い殺すのだと。
だから俺はかつてない程に己の剣覚に身を任せる。
長引かせてはならない。
反撃の隙など、与えるものか!
しかし、俺が振り抜いた剣は、突風を伴ったバックステップで避けられる。
恐らくは自身の脚力に風魔法を組み合わせているのだろう。
驚異的な魔法コントロールだ。
「――やるわねっ!」
そんなことを言う彼女は、それはそれは嬉しそうな笑顔を浮かべていた。
そして言いながら。
彼女はまたも瞬間的な移動で接近してきた。
だが、そこまで離れた間合いなら、こっちのモノだ!
「
俺は眼前に見えない空気を固める壁の魔法を展開した。
案の定、彼女が袈裟斬りにしようと振り抜いた剣は途中で止まらざるを得なくなる。
俺は先ほどの彼女の再現のように瞬間バックステップを行い――、
「
ありったけの魔力を瞬時に左手の五指に集め、五つの炎の矢を射出した。
それらは風の壁に突き刺さり、爆風を巻き起こす。
白煙で視界の先の彼女がどうなっているかは、
普通ならば見て取れないだろう。
――が、俺は爆風を回避する彼女を見逃さなかった。
彼女は飛び退いたのだ。
そして予測できる着地点はおそらく、風の壁の設置場所から約五メートル後方。
――そこだ!
「
空から放たれる雷の光線は、確実に彼女が居るであろう場所を呑み込んだ。
超高火力の魔法を迅速に行使した反動で頭が痛むが、まったく安心などできなかった。
これで終わるわけがない。
そんな俺の悪い予感は、完璧に的中した。
「痛ぁぁぁい!」
視界が晴れると、彼女は瓦礫を吹き飛ばしながら起き上がってきた。
恐らく、『大戦場』の土を使って、身を包むように、丸い形状の土壁を形成。
そうして自分の身を守ったのだ。
土の瓦礫から飛びでした彼女は無傷……というわけではなく、大いに怪我をしていた。
全身から血が噴き出し、右膝には土の破片が突き刺さっていた。
彼女はそれを引き抜くと、血を流しながら悠然と歩きだした。
俺は問う。
「
訊くと、彼女は悪そうに笑って、
「決まってるじゃない。そんなものに魔力を無駄遣いしたくないのよ。……あなたなら、分かるでしょ?」
当然のように、そんなことを言っていた。
回復の魔法を使えば、傷や痛みから解放されることができる。
そうすれば、動きだって楽になるし、気持ち的にも楽になれる。
だから多少の魔力を割いてでも、これだけの怪我を負っていたら回復するのがセオリーだ。
でも、彼女はそうしないと言う。
そして俺は、彼女のそんな気持ちが、痛いほどに分かってしまう。
「……はは」
彼女は、この戦いを全力で楽しんでいるのだ。
そして、その全力をぶつけるために、不必要なものは意識から全て排除しているのだろう。
実力をすべて出し切りたい。
自分の限界を試したい。
この剣と魔法で、この強敵とどこまでやれるか、勝てるのか。
それが、知りたい。
俺と彼女の心は、おそらく共通している。
俺達は、おそらく似たもの同士なのだ。
エレノアが構える。
俺は緊張感とともに愛剣を握りしめる。が、そこで気付いた。
「なぁエレノア、その剣でどうするつもりなんだ?」
「えっ? あっ……」
見ると、彼女の持つ剣はひしゃげていた。
俺の魔法の威力にやられたのだろう。
「というか、なぜ気付かない」
「ごめんなさい……、あなたをどうやって斬るかってことしか考えられなかったの」
さらりと恐ろしいことを言ってのけるエレノア。
彼女の気持ちが分からないこともない俺も、相当イカレてるのかもしれない。
「……でも、ちょうどいいわね。どうせ使うつもりだったし……」
「え?」
彼女の謎発言を聞き、俺が怪訝な表情を向けていると、
エレノアはポイっと持っていた剣を捨て、右手を天に向かって突き出した。
猫のような目を吊り上げて、ニヤリと笑う。
「私の全身全霊を見せてあげる」
言葉と共に巻き起こったのは、彼女を呑み込む巨大な炎の柱。
そして、パキンというガラスが割れるかのような音。
俺は嫌な予感がして、すぐにその場から飛び退いた。
ドッゴォォオオオオオオオオ!!!
案の定訪れた、爆発と轟音。
炎柱が消え、そこに居たのは――、
燃え盛る炎を纏ったカラスに肩を掴まれ、空を浮かぶエレノアだった。
そして、そんな彼女の右手には、
黄金に輝く剣が握られていた。
「
彼女は空中に佇みながら、悠々と言い放つ。
「――第一位階【
これこそが、己の最大の切り札であると。
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