第12話 愉快なニワトリ頭の知り合いと、馬車の中で起こった二つの事件。
山を風魔法で疾走して下り、ふもとで着地する。
メイド服なんて着てる妹は、スカート捲れるんじゃないの? って勢いだったけれど、大丈夫みたいだ。妹のスカートには防御魔法でも掛けられているに違いない。
以前、なぜメイド服なんて着るのかと聞いたら、「趣味です」と答えられた。
うむ、やはり女の子はあのフリフリした魅力に魅かれるのだろうか。
ミラの可愛い姿が見れて、眼福なのはいいが。
都会の男どもに言い寄られないか、お兄ちゃんはちょっと心配です……。
見慣れた街は、相も変わらず活気に満ち溢れていた。
東端の街、アステラ。
ここは辺境に位置するが、この人界においては、『辺境』は央都に次いで人の集まる地域である。
それは何故か。
その主な理由として、ここが冒険者の街であるということが挙げられる。
なぜ、辺境と呼ばれるこの街に、冒険者が集まるのか。
それは、東端のこの街の、さらに東側。四大地区を囲むような障壁の向こう側には、『未開拓領域』と呼ばれる――――文字通り、未知の領域が広がっているからだ。
そこには、多くの魔獣、そして、魔獣たちが作った迷宮の数々が存在する。
魔獣たちを殺せば、死体からは魔石が手に入る。
迷宮を攻略すれば、さらに希少価値の高い魔石やら魔剣やらが手に入る。
つまりは、冒険という金の声とロマンが、未開拓の領域には溢れているというのだ。
これが、央都に負けず劣らず、様々な人族がこの街に集まる理由なのである。
冒険者は十人十色。
種族も年齢も、バラバラである。
犬や猫、鳥などの特徴を持つ獣人族。
すらりとした体型に、美しい金髪と、長耳をもつエルフ族。
背が小さく、炭鉱が得意で酒に強いドワーフ族……等々。数多の人族が、冒険者として、この街で名乗りを上げる。
冒険者。
彼らは、俺たちが幼い頃は恐怖の対象だったが、数年経つと憧れの対象に。
さらに数年経つと、俺たちにも実力が付き、共に現場で働く仕事仲間のような関係になっていった。
ゆえに。
歳が二十歳以上離れた、ニワトリ頭の知り合いが出来たとしても、何ら不思議なことではないのだ。
「コケッ! クリアード兄妹じゃねえか! なんでぇ、こんなとこにいやがるんだ?」
コケーっと鳴きながら近づいてきたのは、冒険者のバド。鳥系統の獣人だ。
コケコケ言っているが、実はAランク冒険者という、かなりの実力者なのだ。
「誰かと思ったらバドさんじゃないですか。俺たちは今から馬車で央都まで行く予定です。学院の試験で」
「……ああ、もうそんな時期だったっけか? どうだ? 自信のほどは」
「舐めてるつもりはないですけど、正直、俺たちなら楽勝でしょう。昨年の実技試験も見学させていただきましたけど、俺たちなら問題ないレベルでしたし……」
フフンとドヤ顔で切り返す。
天才兄妹の名は伊達ではないのだ。
「コケーケッケッケッケッ! さすがの自信だなぁレイ! まっ、足元すくわれないように気を付けるこったなっ!」
ニワトリ頭のバドさんは、独特の高笑いしながら、白い羽根を使って飛んでいった。……というか飛べるんですね……鶏なのに。
「ま、確かに緊張感は大切だよな」
試験当日になってお腹壊すとかあったら最悪だし。
もしかしたら試験中に隕石が落ちてくるかもしれない。
それに、非公開にされている試験も、いくつかあると聞いた。
うん。
十分に気をつけていこう。
―――
乗り場に着くと、出発までに時間はあるというのに、すでに馬車は停まっていた。
筋肉がしっかりついた白馬に、グリーンに塗装された馬車。
外から覘くと、中に立派なソファが内設されているのが見えた。
見るからに一般人は近寄らないであろう装いの馬車。
俗にいうグリーン車というやつだ。
普通車の出発時間は、まだ先のようで、ここにはない。
央都までは長旅になるからと、ミラが、乗り物酔いしやすい俺のために手配してくれたのだろう。
普通車に乗るとばかり思っていた俺は驚いたが、移動費が高めに設定してあったことを思い出した。妹の用意周到さ(愛)に感謝と畏怖を覚えた。
「お前ってやっぱり抜け目ないよなぁ……」
俺がこう言うと。
「お兄様のためならば、妥協など許されません」
という即レス。
妹の愛が重い……。
まぁ、今に始まった話ではない。
それに俺は、こんな妹のことが好きだ。
愛が重いというのなら、こちらも強烈な愛情で返せばいいだけのこと。
だからオールオッケーなのだ。これでいいのだ。
俺は妹の手を引き続き引きながら、受付に向かった。
―――
ミラが受付を手早く済ませ、俺たちは予約券と引き換えに、証明証を貰った。
紐が括り付けられており、首から下げられるそれを下げて、馬車の方へと向かった。
馬車に近づくと、おそらく騎手であろう貫禄のある男が、パイプを片手に煙草を飲んでいた。
俺は証明証を見せながら、声を掛けることにした。
「予約したクリアード兄妹です。今日はよろしくお願いします」
「……おう」
威圧感の籠った返事だ。「この道云十年感」がにじみ出ていたので、良しとすることにした。
と、それから。
何だかんだ時間が余っていたので、受付付近に戻り、間食用のカツサンドを二人分購入してから、故郷を旅立った。
―――
出発してから、手元の時計で十数分経つ。
うん。
乗り心地は最高だ。
窓から入る風が頬を撫でる。
赤いソファみたいな座席は、良い感じに低反発だし、リクライニングもできる。
足置きまである。本当に、いたれり尽くせりだ。
ただ一つ。
たった一つだけ、不思議な点があった。というか、いた。
ミラは先ほどから、彼に向かって不満そうな視線を送っている。
俺は、恐る恐る聞いてみることにした。
「あの……なんでバドさんも一緒なんですか?」
すると、前の座席の方で赤いトサカが揺れた。
「コケーケッケッケッケッ! 俺も驚いたぜ、レイ! まさか護衛任務の相手がお前らだったとはなっ!」
「護衛任務……」
確かに。
冒険者が馬車の護衛を任されることは少なくない。
名前の売れた者だと、冒険稼業と同じくらい稼げることだろう。なにせ、貴族が商売相手というケースがほとんどだからだ。
だが、今回に限っては、明らかにおかしな点がある。
「でも、俺たちに護衛なんて必要ないですよ……? それに、ミラが先ほどからバドさんに殺気を向けてるところを見ると、ミラが頼んだわけでもなさそうですし……。依頼者は一体誰なんですか?」
そう。
問題は、誰が依頼をしたのか、だ。
ミラでもないなら、父さんか母さんか?
……いやいや。あの厳しい二人はないだろう。
それに、俺たちは、冒険者ランクA……バドさんと同じ強さであるという認定を貰っている。つまり、未開拓領域でもない、ただの街道で護衛を付ける意味など、皆無と言っていい。
クリアード兄妹といえば、ここらでは強い冒険者として名が通っているのだ。
そんな俺たちを、すごーく心配する人物。
うーむ。
まったく見当がつかない。
俺が疑問の眼差しを向け続けていると、バドさんは笑いながら答えた。
「学院だよ、魔法学院の方から、お前らを護衛するようにって依頼が来たのさ。なんたって、俺はあそこのOBだからな」
なるほど。
確かに学院側の受験者に対するサービスと考えれば、おかしくはないか。
って、いやいや。今はそんなことよりも!
「バドさんって、あそこのOBなんですか!?」
「言ってなかったっけか? ちなみに特待生だったんだぜぇ」
コケケケケケッ! と高笑いするバドさん。
「はー……」
何といいますか。
人は見かけによらないもんだ……。
正直、元シティボーイっぽさは欠片もない、泥まみれのボロボロ姿を幾度も見続けてきたから、考えもつかなかった。
……ん?
でもでも。バドさんが、俺たちの護衛任務を受けたと言うのなら、おかしな点があるような……。
――いや、俺の考えすぎ、か。
俺はモヤモヤとした気持ちを抱えたまま、バドさんの失礼に当たるような気もして、口に出すのはやめておいた。
俺の杞憂な気もするし。
無駄に争いも起こしたくないしね。
―――
夜になった。
それまで明日の筆記試験の勉強やら、可愛い妹と『しりとり(魔獣の名前縛り)』なんてしてたら、あっというまに日が落ちていた。結果はというと、妹には見事に惨敗しました。
ま、知識じゃミラには勝てないわなぁ、なんて思いながら、中継地点にしていた街で夕食を取って、しばらくしてからのことである。事件は起きた。起きてしまったのだ!!
「ごめん、ミラ、俺はもう、長くはないかもしれない……」
「そんな……っ! お兄様がいなくなったら、私は、どうすれば……!」
オロオロと泣き始めたミラと、絶望の表情で横たわる俺。
けれど、そんな俺たちを見るバドさんの眼は、冷ややかだった。
「いや、車酔いしただけだろ。大げさにも程があるぜ二人とも……」
バドさんは『えぇ』というよりも『コケェ』という感じの鳴き声でドン引きしていた。
意味が分からない。こちらは命が懸かっているというのに。
大体、車酔いした『だけ』……だと? 抜かしおって。こちとらカツサンドと夕食のナポリタンが胸の奥でぐちゃぐちゃになった感じがして今にも吐き出しそうなんだぞ!!
……というか、ごめんなさい。我慢できませんでした。
「ウェッ、ウェッ、ウェッ、……オロオロオロ!!」
「なっ!? テメェ、レイ!!! ふざけんなよお前マジで!!」
俺は吐き出す場所を迷い、彷徨った挙句、バドさんの背中に思いっきりゲロってしまった。
咄嗟のときの判断ミスって怖いよね。うん。
「ごめんなさ……ウェッ!」
「おまっ! もう喋んな馬鹿野郎!!」
コケェェェェ!! という叫びが、街道脇の草原に響き渡った。
ミラが魔法で除去してくれて、その場はなんとかなった。
バドさんは不機嫌そうだったが、汚物は消毒された。
ならばオールオッケーとしよう。
この件は、一件落着ということで。
多分、大人なバドさんなら……元シティボーイな男の中の男のバドさんなら、許してくれるはずだ。
―――
事件解決から数時間後。
時刻は午前零時。夜も過ぎ、真夜中に入ったというところだ。
バドさんは起きているが、ミラは、もうウトウトとし始めている。
俺は酔いが醒め、妹の、生温かで、グリーン車の座席なんかよりも理想的な低反発を実現していた太ももで膝枕してもらっていた体を一度起こし、外を見た。
空を見ると、満天の星空が広がっていた。
動きの早い雲が流れているようだが、それでも星はハッキリと見える。なんだか珍しい景色だ。
風流だなぁ……なんて思いながら、妹の髪を撫で、ほのぼのとした気持ちで星を眺めていると……、
グォォォォォオオオオオオオオオオオ!!!
という咆声が、突如、どこからか聞こえてきた。
「な、何事ですか……っ!?」
ビクッと跳ね起きるミラ。
俺も状況を確認しようと、周囲を見渡す。
しかし、周りには草原が広がるばかりである。
魔獣の気配もない。
まぁ、というか未開拓領域でもないのに、魔獣が現れることなんて、めったにないのだが。
はてな、と俺がしていると、ミラが震えた手で空を指さしていた。
「お兄様、あ、あれ……」
「ん? あ、ああ!!」
空を注意深く見て、合点がいった。
赤竜だ。
赤竜の群れが、隊列のようなものを組んで、北方へと向かって飛んでいるのである。
そうか。
さっき雲だと思っていた黒い影は、赤竜の群れだったのだ。
だから雲があるのに、あんなに綺麗に星が見れたのだ。
「赤竜の大移動……ですか。見たのは初めてです」
「だな。こういう街道とかでしか見れないのかもしれないな……」
赤竜は得てして、人族を嫌う。
冒険者や魔法騎士に討伐される危険性があるからだろう。ゆえに、人里は避けるのだ。
だから、赤竜たちの習性として、冬の前と春の訪れに北と南を渡る、という知識はあっても、俺たちがそれを見るのは、今回が初めてだった。
「コケッ! 北方の地獄化も、そろそろ終わる時期だったけか!」
「ああ、あの、地形変動するとかいう……」
赤竜が主な生息場所となる、万年冬状態の北方地帯。
無論、真冬だからといって、人が住んでいるエリアに、あまり影響はないのだが。
自然魔力の高濃度化も相まって、北方の未開拓領域には、突如として雪山が爆散したり、謎の柱のようなモノが生えたりなど、地形変動が活発に行われる。
冒険者も、「真冬の北方地帯だけは冒険するな」と言われるほどだ。
赤竜たちも、それを避けるために南方へ逃げているのだろう。
そして冬が明けると、故郷の北方の山へと戻っていくのだ。
何はともあれ、原因が分かれば一安心だ。
大移動中、赤竜たちが下に降りて来ることはない。目的地へ一直線なのだ。
つまり、危険はない。気にするだけ無駄というわけだな。
叫び声は少々煩いが、これもまた旅の醍醐味ということで納得すれば良い。
そう思って、空を横切る赤竜たちをのんびりと眺めていた。そんな時である。
「この時期に街道を馬車が走るときは、これが必須アイテムになるんだぜぇ」
「えっ?」
バドさんは、持ってきていた荷物の中から、白塗りの笛を取り出した。
竜避けの笛。竜系魔獣に遭遇した際、冒険者が逃走するために作られた魔道具である。
そこそこ値が張る品で、回数制限もあるが、確実に竜種から逃げられるため、冒険者たちからの需要が高いアイテムだ。
だが、ここで使う必要などない。彼らは、俺たちに害をなすわけではないからだ。
でも、そんなこと、さすがに一流冒険者のバドさんなら、知っているはず……。
「バドさんちょっと待っ――――」
しかし、俺が言い終わる前に、
ピィィィィイイイイイイイイイ!!
笛の音は鳴り響いた。
そして、次の瞬間。
俺は、土魔法でバドさんの手首と足首を即座に固定し、抑えつけて拘束した。
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