第13話 試験会場に着く前から、すでに入試は始まっていました、とかいう話。



「バドさん、これはどういうつもりですか?」


「コ、コケッ? な、なんのことだか……」


 俺は、はぐらかそうとしたバドさんを黙らせるように、彼の頭を押さえる力を強めた。

 逆の手で、馬車に転がった笛を取り上げる。

 白塗りをしてある長笛。

 一見すると、退避用の魔道具、『竜避けの笛』に見えるそれを示して、言った。


「白く塗ってはありますけど、これは『竜避けの笛』なんかじゃない。……これは、『竜呼びの笛』だ」


 試しに炎魔法でちょっと炙ってやると、白い塗料はどろどろに溶けだし、黒い姿が露わになった。

 そう。これは戦闘回避を目的とされた魔道具なんかじゃない。

 ある職人が暇つぶしに作った、ネタ魔道具と呼ばれるものの一つ、『竜呼びの笛』だ。


 その魔道具の効果は、『竜避けの笛』の、まったく逆をいくものだ。

 『竜避けの笛』が襲い来る赤竜たちを追い払うものだとすれば、『竜呼びの笛』は赤竜たちを引き寄せるのである。

 そして、これらの異なる二つの魔道具は、『高音を嫌う』という赤竜の特性と、『彼らの叫び声が低音である』、という特性を利用しているものである。

 ゆえに、『竜避けの笛』の出す音は高く、『竜呼びの笛』の出す音は低いのだ。


 まぁ、『竜呼びの笛』なんて聞く機会がほとんどないため、竜たちの習性などを知らず、聞き分けられる者など、あまりいないのだろうが。あまり俺を舐めないでほしい。

 妹も俺も、魔獣や魔道具に関する知識には、一家言あるのだ。


「両方、買って試してみたことくらいあります。バドさん……あんた、どういうつもりで、これを鳴らしたんだ?」


 俺は今までの違和感を次々と暴くように、言葉を続けた。


「大体、あんたの発言には矛盾が多すぎるんだよ。俺たちの護衛任務を学院から受けたっていうのに、試験の時期については忘れてたみたいな返しだったり、護衛対象の名前も事前に知らされてなかったって感じだったり……。勇者や、人界の責任者レベルの貴族を輸送するならまだしも、俺やミラぐらいのガキを、学院側が、わざわざ名前伏せて護衛に当たらせたりしねえよ」


 口調が荒くなっていることは自覚しているが、今はどうでもいい。

 事実確認が先決だ。


「赤竜たちの大移動っていう機会を利用して、『竜呼びの笛』なんてモノまで使って、あんたは何がしたかったんだ? 護衛依頼は嘘で、暗殺依頼でも受けたのか? だとしたら依頼主は誰だ? 運転手のおっさんもやけに冷静だな? グルか? 返答次第では、俺は、あんたらを然る手段を用いて社会的に潰すぞ?」


 殺す、などとは言わない。そんな権利、俺にはないからだ。

 だが、不利益を、理不尽を訴えることなら可能だ。


 そして、少々汚い手段を使ってでも、こいつらを地の底に叩き落としてやるくらいのことはできる。俺は貴族だからな。平民よりも、そこは融通が利くのだ。

 バドさんが貴族がどうかは知らないが、こちとら東端の街の領主の後継ぎだ。証拠を叩きつければ、こちらが有利なのは明らかである。


 俺は、妹を傷つけようとする奴は許さない。

 彼女を傷つける奴がいるのなら、俺はどんな手段を使ってでも、そいつを抹消してみせる。

 こちとら、生粋のシスコンとしての矜持があるのだよ。

 だから、たとえ知り合いであろうと、このスタンスは変わらない。


 俺が、確かな決意を胸に睨みつけていると、バドさんは何故か笑いながら応えた。


「コケッケッケ、さすがだなぁ、レイ? 俺がポカしちまったのを、お前は見逃さなかったわけだ。そこに関しては褒めてやる。……だが、まぁ。あんたの推理は半分正解で、半分外れってとこだけどな」


「……何?」


 俺が問い返すと、バドさんは目を伏せ、おどけた様子で説明を始めた。


「まず、護衛依頼ってのは嘘だ。そして、そこの男も、グルってのは正解だ。けど、別に俺はお前の敵ってわけじゃねぇ」


「……じゃあ、なんであんなことをしたんだ?」


 俺が問い続けると、バドさんは、軽い調子だった言葉を、少しだけ落ち着かせて答える。


「よーく考えてみな。この時期、そして、あくまで『学院側』が俺に依頼してきた、その理由をな」


「? それってどういう――――」


 言葉に引っ掛かりを覚え、俺が聞き返そうとしていると、


 グォォォォォォオオオオオオオオオオオオ!!!


 赤竜の咆声が、鳴り響いた。

 馬車が急停車する。訓練されているであろう馬たちも、怯えているのだろう。

 竜たちの叫び声は、明らかにこちらに向けられたものであった。


 窓から身を乗り出し、空の様子を見る。

 寒気がした。

 そこには、上級冒険者のパーティすら全滅させてしまうほどの力を持つ赤竜が。


 十八体、上空から敵意を持ってこちらを睨みつけていた。


「コケッケッケッ」


 不意に、真後ろから溢れ出した笑い声に、反射的に振り返る。

 そこには、いつのまにか土魔法の拘束を解き、映像記録型魔道具『キャメラ』を右手に持ったバドさんがいた。


「天才魔導士、クリアード兄妹の特別試験を開始する」


 バドさんの、低くて冷たい声が耳の奥で響いていた。


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