第14話 雷柱(サンダーピラー)
「……すぅ、はぁ」
俺は目を閉じ、息を吸って、冷静に状況を分析する。
敵は十八体。星空に浮かぶ赤竜たちだ。
バドさんの発言から察するに、これは、俺たちの力を測るものなのだろう。
そして、バドさんの立場上、バドさんの助けは乞えそうにない。
戦力は天才魔導士である俺と、妹のミラのみ。
それらの条件を踏まえて、素早く戦略を立てた。
「ミラ! 俺は大魔法を展開する!! ミラは馬が吹き飛ばされないように、馬車を守れ!」
「はい!」
言って。俺は赤竜たちが舞う前に踊り出る。
赤竜たちも警戒しているのか、グルルルゥと威嚇の声を上げた。
「
後方からミラの声が聞こえた。
ちらりと後ろを振り返ると、巨大な魔法陣が浮かび上がり、地面からは巨大な土の壁がせり上がっていた。
俺はミラの魔法の上達速度に驚きながらも、背中を任せられる安心感を覚えながら、竜たちに向けて両手を掲げた。
俺の狙いは、大出力の魔法を使った、一撃必殺である。
多対一。さらに敵はA級魔獣赤竜ときた。長期戦になれば、まず、勝ち目はないだろう。
だからこそ、勝敗は一撃で決する。
最大限の一撃で、決めなければならない。ゆえに、狙うのは頭だ。
殺すことが目的ではないのだ。この驚異を退けることが第一。もし、殺すことが試験の合格条件だとしても、気絶さえさせてしまえば、あとは魔力が残った妹が処理してくれるだろう。
俺は、方針を決めると、魔法陣をちょうど十八個、奴らの頭上に展開した。だが、まだ僅かにズレがあるようだ。このままでは五匹は見逃してしまうだろう。魔力が切れた状態で戦うとなれば、勝てるとは限らない……。
空中の魔法陣に勘付いたのか。赤竜の内、何体かが翼を使って急降下し始める。魔法の射程範囲からの離脱、兼、突撃を狙った動きだ。
だが、そんなものは予測済みである。
俺は頭の中で奴らの動きを完全に把握すると、魔法陣を完璧な位置になるよう調整する。追尾していく。
一体、また一体と魔法陣の真下に奴らの頭がくるように位置を調整していく。
相当な集中力を要する作業だ。頬に汗が伝う。心臓が煩い。
長く感じるコンマ一秒の世界。
その一瞬、完全に条件が揃った瞬間を、俺は見逃さなかった。
「
十八もの雷の柱が、だだっ広い草原に立ち昇った。
撃ち抜かれた雷は、赤竜たちの頭を叩く。
衝撃の波は、天と地を揺らした。
――――グギャァァァァァァアアアアアアッッ!!!!?
断末魔の叫びを残しながら、視界に捉えていた全ての標的は、隕石が落ちるが如く、火の弧を描きながら落ちていく。
地面に叩きつけられ、そこに無数のクレーターを作った。
赤竜たちは、墜落したその場で、ピクリとも動こうとしない。
――――勝った?
そう思って安心すると、俺は膝から地面に崩れ落ちた。
その足は、ガクガクと震えていた。
「………………はは」
戦いが終わって自覚する。
俺は、緊張していたのだ。
各個撃破では、囲まれておそらく敗北していた。だから短期決着を狙った。だが、もし複数体もの赤竜を残した場合、俺に勝ち目はなかっただろう。
圧倒したように見えて、ギリギリの綱渡りをさせられていたのだ。
「……っと、いけない、いけない」
俺は『
危険度B級以上の魔獣は、それ以下の魔獣に比べ、脳が発達している。奴らは、戦いの中で頭を使った駆け引きをする。
赤竜はA級魔獣だ。気絶した『フリ』をしている可能性もある。
安心しきるにはまだ早いのだ。
そんなことを思案し、俺は一体一体の様子を注視していく。
ふむ。……ちゃんと気絶しているな。
どの赤竜も、白目を剥き、プールでも作れそうな量の涎を流している。
さすがにA級魔獣といえども、ここまでの演技をすることはできないだろう。
と、安心していた俺は、違和感に気付く。
「……ん?」
倒れている赤竜たちの様子に、問題はない。
ただ、その数が……、
「一体、足りない?」
俺が、その決定的な疑問を口に出したとき。
空気が揺れた。
「お兄様!?」
ミラの声が聞こえた。
気づいたときには、
俺は見えない何かに、吹き飛ばされていた。
「な――――っ!?」
身体が何度も地面をバウンドする。
目の前の景色が数秒の内に数千回も回転したかのような感覚と、息も出来ぬ圧迫感を覚える。
「ごほっ、か……はっ……!?」
起き上がろうとするも、立ち上がることができない。
何かに、押さえつけられている?
目を開けると、そこに居たのは、全身を黒一色で染められた竜。
S級魔獣、黒竜だった。
見ると、俺は奴の巨大な爪で、地面に固定されているようだった。
奴の能力を、頭の底から引っ張り出す。
奴が有するそれは、『擬態』と『擬態β』。
景色に溶け込む能力と、姿形を別物に変える能力だ。
希少種たる黒竜は、この能力を使って赤竜たちに紛れ、赤竜たちを食糧として喰って生きている。
俺は理解した。
あの集団の中に、黒竜が紛れ込んでいたのだ。
黒竜は赤竜なんかと比べものにならないほどに、強く、頑丈だ。
意識を保った奴は、『擬態』で姿をくらまし、俺に強襲したというわけだ。
「あぅ……あぁぁあ!!!」
だが、気付いたところで、すでに遅かった。
身体に、どれだけ力をいれようとも、奴の爪で磔にされた地面から逃れることはできない。
魔法を放とうとするも――――、
「……かひゅっ……かひゅっ……」
肺が潰されたのか、言葉は出なかった。
もう、ダメだ……。
そう、死を予感した途端、意識は遠くなっていく。頭からサーっと血が失われていく感覚がある。
真横からミラが、泣き叫びながら魔法を放っているが、黒竜はビクともしない。気にも留めていない様子で、俺だけを睨みつけていた。
奴の顔が近づいてくる。
大きな顎が開くと、そこには燃え盛る炎があった。
俺は何もできず、ただ、眺めているだけしかできなかった。
視界がぼやけていく。
――ああ、死ぬってこんな感じなんだな。
そんなことを思いながら、俺は目を閉じた。
全身を、圧倒的な熱が支配する――。
確定されたかのような死の間際。
瞼の裏に映っていたのは、『黒い炎』であった。
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