第19話 魔法騎士養成学院のイロハ(ポンコツ勇者先生のありがたい解説)


 アリエスは涙目になった眼をきちんとハンカチで拭いて、資料を渡してきた。

 本来ならガイダンスのときに受け取っておくべき資料だ。


 俺はアリエスに指定されたページをペラペラと捲りながら、真面目に話を聞いた。

 こういうのは真面目に聞いておかないと、後々後悔するかもしれないからな。

 恋人はおろか、友達もできない可能性もあるし。

 まぁ、妹がいるから情報に関して過度な心配はしないでもいいと思うけど。


 ……って、いやいや、俺は何を弱気になっているんだ。

 俺はコミュ力はあった方のはずだ。

 大人に混じって冒険者稼業を頑張ってきたんだ。

 何歳差もある人たちとパーティを組んだことだってある。


 うん。

 だから大丈夫だ。俺はコミュ障じゃない。

 俺は陽キャ。俺は陽キャ。


「……あの、ちゃんと話聞いてます?」


 俺が悶々と悩んでいると、アリエスにピシャリと注意された。

 メガネが光を反射して俺を鋭く見下ろしている。

 ……うん。


「すみませんでした」


 俺は腰を下り、しっかりと頭を下げた。



 ―――



 寮の規則や授業における注意事項、施設の利用時間帯など、細かな説明を聞いては資料に目を通していく。


(ここで今日から生活……駄目だ、まったく実感が湧かない……)


 以前から、家に配布されていた資料ですでに確認していたが、

 やはりここ、魔法騎士養成学院の設備は凄い。


 最上30階の塔型のキャンパスには、あらゆる施設が揃っている。


 教室、食堂はもちろんのこと、ダンスホールやレジャー施設、大浴場までが塔の中に内設されている。

 ハイテクな訓練場は、塔とは別の場所に数ヵ所置かれている。

 個人練習用と、団体練習用、また、決闘用の大戦場なんてものもある。


 無論、生徒は時間と規則さえ守れば、使い放題である。


「レジャー施設や浴場なんかがあるのは、魂器ソウルの機能を安定させるため、でしたっけ?」


 俺が問うと、アリエスは「えぇ」と言い、コクリと頷いた。


魂器ソウルは所有者の魂を具現化させたものです。魂とは記憶と心によって形成されたもの。ゆえに、魂器の性能は記憶と感情に左右されるのです。不安定な精神状態では、力の本領を発揮できないこともあります。だから娯楽は合理的判断として必要なのです」


 ふむふむなるほど、と頷いた上で、

 しかし俺の中に疑問は浮かんだ。


「なるほど。……ですが、魂器を起動できる生徒なんて、雀の涙ほどしかいないのではないのですか? 現状、俺も使えませんし」


 黒い炎がどうなのかはまだ分からないし、

 あれだけ暴走するなら、実用するのはまだまだ先の話だろうからな。


「そうですね。卒業生となれど、所有者は数十人といったところです。ですが、魂器一つで戦況はひっくり返ります。ですから、魂器の所有者を中心とした育成施設は、間違っていないと断言できます。それに……」


「それに?」


「学院の授業、訓練に関して言えば、妥協なんて一切せずに生徒を苛め抜く内容になっていますから。心配せずとも、非所有者や非覚醒者であろうとも、勝手に強くなれますよ」


 ニコッと笑う彼女は、眼鏡が光を反射して目が見えなかった。怖い。

 だが、彼女の話で俺は納得した。


 魂器の性能は、記憶と感情に左右される。

 だが、魂器の覚醒には、己の限界を超える必要がある。


 学院のカリキュラムは徹底的に生徒を鍛え上げるものになっており、

 娯楽施設は、そんな厳しさに生徒たちが潰れてしまわないようにするための、言わば精神安定剤的なものなのだ。


 俺は、ここで三年間過ごすことになる。

 うん。恋人ができるかとか、友達ができるかとか言ってる場合じゃないね。

 俺の中の不安は風船のように膨らんで、今にも爆発しそうです。



 ―――



 説明も終わり、これであとは寮に行くだけかな? なんて思っていたら、

 ミラがぎろりとアリエスを睨んでいた。

 すると、アリエスが「ハッ!?」と口に出してオロオロし始める。どうしたのだろう。


「どうしたんですか?」


「あ、い、いえ……すみません、生徒手帳デバイスを渡すの忘れてました……! え、えっと……どこにやったかなぁ……」


 より一層あたふたするアリエス。


 ……ふむ。

 学院の生徒手帳――デバイスは、生徒たちの学生生活において、最も大切な物と言っても過言ではない。


複合型精密機器端末スマートフォン』などという未だ一般流通していない最新の魔道具だ。

 ここ十年で魔道具開発は急速的に進められているが、この魔道具は、その中でも最も画期的なモノだと言われている。


 何と言っても、成績や決闘の戦績等、生徒個々人の様々なデータが保管されているだけでなく、インターネットや通話、電子財布としても端末一つで使える優れものだからだ。


 『家庭用情報機器パソコン』などという大型の機械を使わずして、持ち運びができるという観点から、次世代の情報端末として注目を集めているのである。


 そして、魔法騎士養成学院では、その最新機器を、世俗より一足早く導入しているというわけだ。


 学生騎士たちは、任務や特別な訓練で得たポイントを電子マネーに還元して、娯楽や趣味、交友に当てている。


 この魔道具があるから地獄の日々も頑張れる、といったところであろう。


 言わば生徒たちにとってデバイスとは青春の必需品なのである。


「まさか……。なくした、とか言わないですよね?」


 そんな青春の結晶体が紛失したとなれば一大事だ。スマホは安い代物ではないのだ。

 俺が疑いの眼差しで見ると、アリエスはその髪色と同じくらい真っ青になって、


「な、そ、そそそそんなわけないじゃないですか! きっとあれですよ、ほらっ! 職員室です! 職員室にあるんですよ!」


 と主張していた。


 ミラがこっそりと耳打ちしてくる。


『お兄様お兄様、あの方、本当のこと言ってるかどうかちょっと怪しいですよ。目泳いでますし』


『だな。大体見た感じ信用ならんもんなこの人』


 俺達の小声が聞こえているのか聞こえていないのか、アリエスの顔はみるみる青くなっていく。

 俺は放置する方が可哀そうな気がしてきたので、

 念押しすることにした。


「それならミラとここで待っていますから、さっさと取ってきてください。……あ、もし無かったら入学金で払ってるはずなんで、先生が俺のデバイスを自費で買ってくださいね。よろしくお願いします」


 入試を受ける前に、事前に入学費は支払われているのである。

 そして、その中に端末代も含まれている。

 入学志望者が多いので、学院はそれだけでガッポリというわけだ。ちょっと腹立つ。


 俺がイライラしながらアリエスを睨むと、

 アリエスは「うっ」としながらも頬をパンパンと二度叩いて、


「ぜ、絶対大丈夫ですから! 制服に着替えて待っていてください!」


 と言った。


 ……ん? 制服に着替えて?


「制服? 今、ここでですか?」


 問うと、アリエスは真面目な顔を思い出したようで、再び解説を初めた。


「この学院では制服以外は先生だと思われてしまうんです。小さい子供みたいな先生も、ごっつくて歳のいった生徒も大勢いますからね。ですから、着替えるならなるべく早くの方が良いと思いますよ?」


 ……なるほどね。

 珍しくマトモな正論だ。


「……わかりました。じゃあ、あまり期待しないで待ってますね」


 俺が言うと、アリエスは「絶対大丈夫ですから!」と言って駆けだし、ズッコケて地面に思いっきり顔面をぶつけていた。


 うーん……。

 この勇者、大丈夫なんだろうか。


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